王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます

厨房を探しているはずなのに

 宮殿の厨房ってどこかしら?というよりか、ここはどこ?

 とりあえず、庭に出てみた。宮殿の外観を見れば、予測がつくかと思ったからである。

 だけど、その考えは甘かったみたい。

 花々が咲き誇る花壇を縫うようにして歩いてみるも、大小の窓やガラス扉が続くばかりでちっとも感覚がつかめない。

 あきらめかけたとき、バラの花壇に行きあたった。花壇、というよりかはバラ園と言った方がいいかもしれない。

 これまでいろんな国の宮殿や城や屋敷をまわってきたけど、これほど美しくてやさしい庭ははじめて見た。

 この宮殿の庭師は、よほど腕がいいのね。よほど愛情を注いで花々を育てているに違いない。

 バラのアーチをくぐり、バラ園に入ってみた。

 お腹の虫も、赤色や黄色や白色や紫色や水色といった色とりどりのバラの美しさに魅せられているのか、暴れるのをやめたみたい。

 せっかくだし、バラ園を見てまわってから厨房を探してみよう。

 というわけで、バラを見てまわることにした。

 いろんな国や地域から品種を集めたのね。見たことのないバラもあるわ。

 わたし自身は根無し草の生活だから、バラを育てたりなんてことは出来ない。だけど、もともといた祖国の宮殿の庭には、ここほどではなかったけどバラの花壇があった。小さい頃、お母様とお父様とバラの花壇やその他の花々を愛でつつ散歩していた。
 わたしを真ん中に、手をつないでもらってお喋りしながら歩いたものである。

 あれは、数少ないいい思い出だわ。

 ダメね。バラを見て昔のことを思い出してしまうなんて。どうあがいたって、あの頃に戻ることは出来ない。
 それこそ、目が覚めたら小さい頃の自分になっていたとか、時間が巻き戻ってやり直しが出来るといった小説のストーリーでなければ、もう二度とあんなしあわせな日々をすごすことは出来ないわ。

 ナーバスになった自分を叱咤しつつ、バラの鑑賞を再開した。

 そのとき、人の声がしたような気がした。厳密には、うめき声やささやき声のようなものがきこえてきた。

 キョロキョロと周囲を見まわしてみると、バラ園の端っこの方の花壇の辺りで、複数人の気配がする。庭園用の物置小屋かしら。小屋が建っている。その蔭になっていてよく見えない。

 そっと近づいてみることにした。

 近づくにつれ、複数人が争っているような感じがすることに気がついた。

 こちらからは見えない、小屋の横手で争っている気配がする。

 って認識した瞬間、小屋の横手から何かがふっ飛んで来た。

 声を上げそうになり、慌てて口を手でふさいだ。

 うわぁ……。

 ふっ飛んできたのは人である。黒ずくめの恰好で、ご丁寧に頭には黒色の覆面をすっぼりかぶっている。

 刃物か何かで斬られたのかしら。黒いシャツの腹部あたりが裂けている。

 その場で目を細め、じっと見つめてみた。傷口から血が出ている。血がシャツに滲みこんでいるだけでなく、地面に滴り落ちている。

 この人、たぶん男性だろうけど、倒れたまま動かない。だけど、胸部はかすかに動いているから、死んだわけではなさそう。

 小屋の壁にショベルが立てかけていることに気がついた。手を伸ばすと、その柄をつかんだ。それから、小屋の壁に沿うようにして進んだ。

 そっと小屋の横手を覗いてみた。

 なにこれ?

 美貌の剣士が、黒ずくめの四人に追いつめられているじゃない。
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