素顔のきみと恋に落ちるまで

 友人の結婚式には何度も出席してきたが、婚約パーティーというのは初めてで、そんな大々的に開くものなのかと驚いた。
 そして、ホテル内の会場に足を踏み入れると、想像していた以上の出席者に足が竦んでしまう。

「美佳さん?」
「え、ええと……婚約パーティーなんだよ、ね……?」

 それにしてはやけに仰々しいというか、固い雰囲気というか……。

「まあ、そっちは名目で。副社長就任の方がメインだと思いますよ」
「ふ、副社長就任?」

 ごく自然に、睦合くんにエスコートされながら会場を進んでいく。
 見れば壇上には、よく知る会社名の記載があった。

「え、えっと……お兄さんの婚約パーティーって言ってたよね?」
「はい」

 目に飛び込んできたのは、誰もが知る大手通信会社の名前。そして、私たちの勤める会社の親会社でもある。
 睦合くんのお兄さんが、この会社の副社長であり、今回の婚約パーティーの主役であるとすれば……。

「睦合くんって、もしかして……御曹司だったり?」
「その言い方はあまりされないですけど、社長息子ではありますね。まあ次男ですが」

 何とはなしに、睦合くんがさらっと爆弾発言をするものだから、私は一瞬思考が停止してしまう。

「う、嘘でしょ……!?」
「ここまできて嘘つきませんよ」
「で、でもだってそんなこと一言も……」
「言ってませんし、会社でも隠してもらってるんです。人事とか上層部は知ってるんじゃないですか」
「なんでわざわざ……」
「社長息子が子会社で働いてるなんて知られたら、やりづらいじゃないですか」
「い、いやそうかもしれないけど」

 突然のカミングアウトに、まったく頭がついていかない。ずっと部下として接してきて、しかも間違いだったとはいえ、一夜を過ごした彼が親会社の御曹司だったなんて……。
 睦合くんが会社で目立たない(いや、逆に目立っていたけれど)姿でいたのは、このことを隠すためでもあったのかもしれない。
 顔が知られてしまえば、いろいろと面倒なこともあるだろうし。
 でも、だからといって、何の準備もなしにこんなところまで連れてこられるなんて。
 それに――
 気がかりなことがあって、辺りをキョロキョロと見回す。私の気持ちに気付いたのか、睦合くんは、「会社の人なら誰もいませんよ」と呟いた。
 いくら私たちが勤めるのが子会社とはいえ、上層部はいるかもしれない。
 ただそれは杞憂だったようで、ほっと胸を撫でおろした。

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