お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

(・・・・・・・・欲しい。やはり、俺の妻は、この姫でなくては・・・・・・・・)

 カルヴァドスの胸の中に、前にもまして独占欲が沸き上がった。
「どうして、カルヴァドスさんは、そんなに私に親切にしてくださるんですか?」
 アイリーンは躊躇いがちに尋ねた。
「レディに一目惚れしたからだな」
 カルヴァドスの本音に、アイリーンは驚いて目を瞬いた。
「えっ、でも、カルヴァドスさんは、姫様の事がお好きなんですよね?」
 あくまでも、他人のフリを続けるアイリーンに、カルヴァドスは笑顔を返した。
「ああ。前は、そうだった。でも、俺のような一船乗り風情が、一国の姫と結ばれる運命なんて、恋愛小説くらいしかないだろう? 現実は、そんなに甘くない。もっと厳しいものだ。でもレディなら、王宮勤めの貴族の令嬢なら、俺もこうして船乗りに身をやつしてはいるが、別に生まれが悪いわけじゃない。少し頑張って、歯を食いしばって、腹立たしさに目をつむって、親父に頭を下げて家に戻らせて貰えば、レディと釣り合わないような家じゃないから、夢で終わる事はない確率は低いからな」
 カルヴァドスは少し遠くを見る目をしていった。
「カルヴァドスさんは、やっぱり貴族の生まれなのですね」
 アイリーンは、ずっと感じていた洗練された紳士のようなカルヴァドスの身のこなしの理由を知った。
「別に貴族だってことは、自慢して歩くことじゃない。特に俺は、親の決めた結婚が嫌で、式の前日に花嫁も親も家も捨てて逃げ出した卑怯者だから」
 カルヴァドスの説明に、アイリーンは思わず笑みを漏らした。
「なんだか私達、似たもの同士ですね」
「ん? そう言えば、レディも結婚相手が嫌で逃げてるんだったっけか?」
 カルヴァドスは思い出したように問いかけた。
「はい」
 アイリーンは言うと、顔を曇らせて俯いた。
「その、嫌な結婚相手って、どんな男だったのか訊いても?」
 躊躇いがちに尋ねるカルヴァドスに、アイリーンはダリウス王子との強烈なファーストキスを思い出さずにはいられなかった。

 結婚を承諾しないのなら、デロスの民を皆殺しにすると、海の女神の神殿を墓場に変えてやると、父と兄の首を切り落としてやると脅され、結婚の約束の証として無理矢理口づけされたことをアイリーンはカルヴァドスに話すことができたらと、アイリーンは心の中で思いながらギュッと唇を噛みしめた。

 きっとカルヴァドスならば、どれほどアイリーンが苦しい立場で、立っているのすらやっとの状況で、あの脅しの言葉を聞かされ、震える体を力ずくで押さえつけられた上、ただ唇を重ねるだけなのだと思っていたら、言葉にするのも恥ずかしいような口付けをされたことを話したら、きっと、アイリーンの気持ちを理解して優しく慰めてくれるだろう。そして、今のアイリーンは、そんな優しさに飢えていた。
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