お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 アイリーンが廊下を歩いて自室を目指していると、アルフレッドが扉の前に立っていた。
「フレド。今日は、もう大丈夫よ。部屋でおとなしくするつもりだから」
 アイリーンは言うと、扉を開けて中へと入った。
 すると、立ち去るかと思っていたアルフレッドが後からついて部屋には入ってきた。
「内大臣から、婚約の破棄を一方的に言い渡されました」
 アルフレッドの言葉に、ローズマリーが驚いて顔を上げた。
「そう言うことです。もう、婚約者ではないのですから、日中以外は、この部屋に出入りすることは許されません」
 アイリーンが言うと、アルフレッドがアイリーンの腕を掴んだ。
「アイリ!」
「婚約の破棄は、あなたにもローズにも都合の良いことでしょう?」
 驚いたローズマリーが手にしていたシルバーのお盆を落とし、けたたましい音が部屋に響いた。
「お父様にも、パレマキリアに嫁ぐとお話ししてきました。ですからフレド、あなたも婚約者のフリはもう終わりにして良いのです」
「陛下は?」
「納得はされていませんが、仕方のないことと、ご理解下さいました」
 アイリーンが言うと、アルフレッドは諦めて手を離した。
「もう、こんな機会はないでしょうから、二人に話しておきます」
 アイリーンは寝室に下がるのを止めて二人に向き直った。
「私は、半年、海の女神の神殿に籠もるとお父様にはお話ししましたが、夜はこちらに戻ります。でも、その役はローズにやって貰います」
 驚いたローズマリーが目を大きく見開いた。
「私は、お兄様を探しに、タリアレーナへ向かいます」
「なっ! そんな事・・・・・・。手紙を書いて殿下に戻ってきていただけば良いだけの事ではありませんか」
 ローズマリーが声を上げた。
「お兄さまは、二月前から行方知れずなのです」
 アイリーンの告白に、二人は声もなくアイリーンを見つめた。
 そして、今になり、初めてアイリーンがこの二ヶ月元気がなかったことにアルフレッドは気付いたのだった。
「叔母様も手を尽くして下さっているのですが、おおっぴらに探すことも出来ず、侯爵にもお兄様の身分をお話ししていなかったことを今更ながらに後悔されています。ですから、私がお兄様を探しに参ります。そして、半年以内に必ずお兄様を連れて戻ってきます」
「それならば、自分が行こう。ウィリアムとは親友だ。男しか出入り出来ない場所も有るだろうし・・・・・・」
「パレマキリアが侵攻している今、婚約を解消されたあなたが王宮を離れれば、近衛の規律が乱れます。もともと、お兄様の願いを叶えて下さるようにお父様にお願いしたのは私です。私があそこまで粘り強くお願いしたければ、お父様はお許しにはならなかったはず。全ては、私の責任です」
「では、私もご一緒致します」
 ローズマリーの言葉にアイリーンは頭を横に振った。
「だめよ。あなたには、私の代役をして貰わなくては。神殿と王宮の往復だけで構わないわ」
「ですが、姫様・・・・・・」
「一人で何とかしてみるわ」
「無茶です! 何かあったらどうするんですか?」
 アルフレッドが声を上げた。
「アイリ、あなたは世間知らず過ぎます。あなたのような美しい女性を世の男達がほっておくと思っているんですか? 姫だから手が届かないと諦めますが、姫でなくなったら、どんな酷い目に遭うか分からないんですよ! それに、どうやって国境線を越えるんですか? パレマキリア国内を無事に通れる筈がないでしょう!」
「船で行きます。もとより、パレマキリア国内を抜けるつもりはありません」
 アイリーンは、まだ具体的ではないものの、ざっくりと立てた計画を口にした。
「船も無理です。さっき報告がありました。客船の入る港湾施設をパレマキリアの間者が見張っていると。姫がエイゼンシュタインかタリアレーナに逃亡する可能性は、奴も検討済みって事ですよ」
 デロスからタリアレーナに留学する貴族の娘は少なくないので、そこに紛れるつもりだったが、既に手を回されているとは、アイリーンも正直思っていなかった。
 しかし、危険な陸路を延々抜けていくのは不可能なことだとアイリーンにも分かっている。
「明日、明後日にも、ダリウス殿下は答えを迫るでしょう。そうしたら、私は、海の女神の神殿に籠もると言って王宮をでます。身代わりのローズマリーの護衛はフレド、あなたに任せます」
「アイリ、海路も無理だ。港の周りは間者が目を光らせている」
「とにかく、後のことは任せます」
 二人を振り切って寝室へ下がろうとするアイリーンをアルフレッドが抱き寄せた。
「何を!」
 驚くアイリーンを連れてアルフレッドが奥の寝室へと入った。
 慌てて後を追う二匹を寸での所で扉で遮ると、アルフレッドはアイリーンをベッドの上に押し倒した。
「アイリ、あの二匹が居なければ、あなたは非力なただの娘だ」
「はなしなさい! 無礼者!」
「街のごろつきや、荒くれの船乗りどもが、そんな言葉で退くと思ってるのか?」
「私はどうなってもいいのです。どうせ、この身はダリウス殿下に好きにされるのですから」
「アイリ、王族の婚姻は純潔が決まりだろ!」
「あなたと私は二年も婚約していたのです。一線を越えたことがあったとしても、ダリウス殿下にはあきらめて貰います。それに、ダリウス殿下が欲しいのは、デロスの王位継承権をもつ姫であって、私ではありません」
「いや、冗談抜きで、奴はアイリにぞっこんだって。だから、アイリにもしもの事があったら、大変なことになる」
 散々、ウィリアムからダリウス王子のアイリーンに対する執着を聞かされているアルフレッドとしては、アイリーンの考えが間違っている事を正さずにはいられなかった。
「必ず、お兄様を連れて帰ってきます」
「いや、そう言う事じゃなく」
 背後のドアーに二匹が飛びかかり、今にも扉が開きそうだった。
「あの二匹はどうするんだ?」
「ローズに預けていきます」
「いや、それは無理だろ」
「放して下さい。扉が開きます」
「わかった」
 アルフレッドが体を離した瞬間、バンっと激しい音をたてて扉が開いた。
 入ってきた二匹は、ジロリとアルフレッドを睨みつけた。
「二人とも、扉を壊すようなことはダメよ」
 アイリーンに声をかけられ、二匹はアイリーンの方へと走り寄ってアイリーンの無事を確認した。


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