お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 アイリーンの予想通り、翌日には答えを求めにダリウス王子が再びデロス王宮へと姿を見せた。
 前回同様、父王の代理として面会したアイリーンは、和平条約締結のためダリウス王子に嫁ぐ事を伝えた。
 満足顔のダリウス王子は、兵を引き上げ、今すぐにでもアイリーンを国に連れて帰り、二人の婚約を発表すると言ったが、アイリーンは直ちに否定した。
 海の女神の神殿にて正式に交わした婚約を解消し、次の相手と婚約するためには、海の女神の神殿に半年間籠もる必要が有ること、そして、半年を以て婚約が解消された後、三ヶ月待たないと次の相手とは婚約できない事をアイリーンが説明した。
「ふざけるな! この場でサッサと婚約を解消し、姫が私に着いてパレマキリアに来れば良いことに、九ヶ月もかけるというのか?」
 ダリウス王子の怒号が部屋に響いた。
「ダリウス殿下、お気持ちは分かりますが、私は逃げも隠れも致しません。きちんと手順を踏んだ上で有れば、九ヶ月後には、婚約ではなく婚儀を執り行うことも可能でございます」
 アイリーンの言葉に、ダリウス王子が目を細めた。
「つまり姫は、九ヶ月後には私の妻になるというのだな?」
「はい。ですが、可能であれば、国境の兵は九ヶ月を待たずに引き上げて戴きたいのですが、それは殿下のご判断にお任せいたします」
 アイリーンの答えに満足したのか、ダリウス王子は笑顔を浮かべた。
「良かろう。ならば、姫の頼みに免じて兵を退こう」
「ありがとうございます」
 アイリーンはダリウス王子に頭を下げた。
「だが、ただの口約束で九ヶ月も待てないと言ったらどうする?」
 ダリウス王子の言葉に、アイリーンは言葉を失った。
「ここで、姫が私の妻になるという確固たる約束が欲しいと言っている」
 ダリウス王子は言うと、アイリーンとの距離を詰めた。
「私は神殿に籠り、殿下に嫁ぐ準備を致します。それ以上の事は、今は何も・・・・・・」
 アイリーンの答えに、ダリウス王子は不満げにアイリーンを見つめた。
「以前の婚約者と口付けを交わした事は?」
「ございません」
 嘘ではないので、アイリーンはすぐに答えた。
 その答えを聞くなり、ダリウス王子はアイリーンを抱き寄せた。
「な、何を・・・・・・」
 驚くアイリーンに、ダリウス王子はニヤリと笑った。
「誓いの口付けを戴こう・・・・・・」
「やめ・・・・・・」
 抵抗するアイリーンにダリウス王子はムリヤリ口付けた。
 それも、ただ唇を合わせるだけの軽い口付けではなく、それは、深い恋人同士の口付けだった。
 何も知らないアイリーンは、激しく動揺し、必死に抵抗したが、ダリウス王子はなかなかアイリーンを解放してくれなかった。
 長々と口付けるダリウス王子を牽制するように、内大臣が咳払いをし、ダリウス王子は仕方なくアイリーンを解放した。
 突然のことにアイリーンは恥ずかしさで、その場から走り出してしまいそうだったが、唇を手で押さえ、震える体を必死にその場に押し留めた。
「ダリウス殿下、姫はまだ婚約を解消する過程でございます。これ以上は、ご容赦下さいませ」
 内大臣が間にはいると、ダリウス王子も仕方なくアイリーンと距離をとった。
「確かに、約束の証は受け取った。直ちに兵を国境線から引き上げさせよう。但し、姫には、約束通り九ヶ月後には私の妻になって貰う。よろしいな?」
 ダリウス王子の言葉にアイリーンは頷いた。
「では、そのように記録をしたため、二通用意致します。一通はダリウス殿下が保管され、一通はデロス王宮にて保管いたします」
 内大臣は言うと、直ちに用意させた。ダリウス王子は認められた内容を確認し、そこに自ら署名した。それを確認してから、アイリーンは震える手で自ら署名した。
「和平条約の締結は、姫との婚儀を以て締結となす。万が一にも、結婚の約束が履行されない場合は、パレマキリアは武力を以てデロスを併合する。その時は、王族に連なる者は全員、老若男女を問わず断首とする。但し、姫だけは私の愛妾とする」
 ダリウス王子の言葉は、いつも過激で凶暴ではあるが、さすがに一族郎党を男女問わず皆殺しの挙げ句、愛妾にするとまで言われると、もう逃げも隠れも出来ないだけでなく、アイリーンの運命はパレマキリアにと言うか、ダリウス王子に握られていると言っても過言ではなかった。
「約束は守ります。海の女神に誓って・・・・・・」
「それから、姫の護衛には、パレマキリアの兵を付ける」
「それは、構いませんが、海の女神の神殿には、殿方は入れませんから、門の外でお待ちいただく事になります」
 アイリーンは念のため、後から文句を言われないように釘を差した。
「分かっている。海の神殿を荒らすようなことをすれば、列強六ヶ国がうるさいからな」
 ダリウス王子の言葉から、アイリーンは列強六ヶ国が少なからず今回のパレマキリアのデロス侵攻に関心を持ってくれることを知り、ホッと胸をなで下ろしたい気持ちになった。
「私は、この良き知らせを陛下にお伝えするため、直ちにデロスを発つ。陛下がこの書面を確認され次第、展開中の軍は直ちに撤収させる。それで良いな?」
「はい。それでかまいせん」
 アイリーンが答えると、ダリウス王子は笑みを浮かべて謁見の間から出て行った。
 残された二人の兵士が交代でアイリーンの警護に就くと挨拶した。
 アイリーンは、自分の警護はアイゼンハイムとラフカディオが居ることを説明した。
 大きなチャウチャウと白銀の狼と聞き、二人は脂汗を流しながら護衛を辞退したそうだったので、内大臣がやんわりと、デロスの護衛兵と行動を共にすれば危険はないと説明した。
 ダリウス王子が退散したのを確認すると、アイリーンは大臣達に父王には九ヶ月後に結婚の約束を交わしたことを話さないようにと箝口令をしいた。
 既に、今回、アイリーンとの婚約が停戦の条件になっていると父王の耳に入って居るので、万が一にも、アイリーンが婚約どころか、結婚の約束をしたと父王が知ったら、ますます体調が悪くなることは目に見えていた。
「お父様には、婚約の約束でお茶を濁したとお話ししますから・・・・・・」
 アイリーンの言葉に、全員が無言で頷いた。
 伯父である内大臣は、何か言いたそうだったが、アイリーンは無言で頭を横に振った。
「明日より、私は海の女神の神殿に籠もります。半年の間、私は国政に携わることが出来なくなります。ですから、全ては、伯父であり、私に続く王位継承権を持つ内大臣に委任する事にいたします。内大臣は、陛下の体調の許す限り、陛下の指示を仰ぐように・・・・・・」
「御意」
 内大臣がアイリーンに臣下の礼を取り、居並ぶ大臣達が同じく臣下の礼をとった。
「では、私は、これで政から離れます。デロスの民を守って下さい」
 アイリーンは大臣達に一礼した。
 大臣達に見送られ、アイリーンは謁見の間を離れた。

☆☆☆

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