媚薬

笹野 side



もう2時間近く彼女の部屋の前を行き来している。下手したら通報されるかもしれないと思い途中で飲み屋に入ったりもしたが、そうこうしているうちに、やっと彼女が帰ってきた。

なんでラインを見ないんだ。夕方には新幹線からメッセージを送ったというのに。

確かに最近仕事が忙しく、週一で東京まで来るのが厳しい時もあった。店の改装があると聞いた時には少し仕事に集中できると思った。

また1か月後に会いにくればいいし、その時までに今やっている案件を片付ければ時間に余裕ができるだろうと思っていた。
彼女もゆっくりとアルバイトがない日々を過ごし、落ち着いた生活を送れるだろうと。

「うわぁ!びっくりした。怖いです、どうしたんですか?」

彼女は僕の姿を見るなり腰を抜かさんばかりに驚いた。

「いや、時間ができたから。急に来てしまった。驚かせたね大丈夫?」

苛立っている感情を表に出さないように彼女の腕を取る。

「や、あの大丈夫ですけど、来るなんて言ってなかったですよね」

ライン見ろよと言いたい気持ちを押しとどめた。笑顔が引きつる。

勝手にやってきたのは自分だし、ましてや無理やり彼女を束縛できるわけがない。まだ彼女の中で俺は恋人でもなんでもないのだから。

何度も彼女の寝顔を見ながら考えた。恋人になるためにはどうすればいいか。
自分だけを見てもらうには……


だけど彼女は今のところ、完全に『惚れ薬説』を信じ込んで責任を感じて自分に付き合ってるだけ。
その証拠に、一度も自分から連絡をしてきたことがない。
欲しいものをねだったり、どこかへ連れて行って欲しいとも言わない。仕事で帰る時も引き止められた事がない。会いたいとも言わない。

夏からの要求を心待ちにしているのに、彼女からはなんのアクションも起こしてこない。

もはや自分が嫌われている可能性すらある。

考えれば考えるほど落ち込んでしまう。

ただ、毎回、俺、頑張ってる。めちゃくちゃ彼女をよがらせてるし、何度もイカせている。恍惚の表情を浮かべ、最後には涙を浮かべながら達しているはずだ。

女性は、いや、夏は何を考えているのか分からない。やはり何か高価なプレゼントが欲しいのかもしれない。アクセサリーとか、時計だろうか。花束か。

メロンや桃やイチゴじゃ駄目なのか。
彼女はフルーツが好きだった。
季節外れのフルーツは下手したらアクセサリーより高額だぞ。それに重いし、毎回けっこう持ってくるのが大変なんだぞ。
マンネリ防止に、たまにドリアンとかマンゴスチンとか変わり種も織り交ぜてるじゃないか。
< 19 / 36 >

この作品をシェア

pagetop