媚薬
第一章

坂下夏



坂下夏(さかした なつ)は苦学生だった。裕福な家庭に生まれた訳ではなかったので、大学の学費は奨学金制度を利用し、家賃や生活費、その他もろもろはアルバイトで賄っていた。

手っ取り早くお金になるのはやはり夜の仕事だ。
かといって接客業の中でも、男性と直接触れ合うものは自分にはハードルが高い。夏は大学の知り合いから紹介されたバーで、カクテルソムリエの資格を取り女性のバーテンダーいわゆる『バーメイド』のアルバイトをしていた。




バー『PROBE』はシンプルで落ち着いた内装の。オーセンティックバーだ。

少し年季の入ったバーカウンターには 銀杏(いちょう)の1枚板が使われ、その上に吊り下げ式のペンダントライトが温かみのある優しい灯りで大人の空間を演出していた。
なにより客層もよかったし、イケメンマスターは信頼できる良い人だった。


看板や目印がないので、みつけ出すのに困難な細い通りの奥にあり、知る人ぞ知るといわれる隠れ家的存在で、客との程よい距離感も人気の落ち着けるバーだった。

夏は大学で芸術学専攻、美術史の研究をしている。今は大学院に通っている。
そして『PROBE』でアルバイトを始めて4年目になる。
常連客も顔を覚えてくれ、たまにお客さんから口説かれたりすることもあったが、年数を重ねるごとに、そういう客にも上手く対応できるようになった。

カウンターを挟んでの接客は、女を武器にしているわけではないので、常に感じよくそして一定の距離を保つようにとマスターからは言われていた。


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