媚薬
第二章
新たな出発
「すごく人気のある美術館だ」
知っている。四国にあるその美術館には勿論行ったことがあった。
日本を代表する企業は、美術館を有しているところが決して少なくない。国や自治体の後ろ盾がない私立の美術館。しかしバックには大手企業がついているわけだから給与待遇が良い。
『採用試験受けてみようと思う』
『四国よ?』
『東京から離れるんだ』
『寂しくなる』
大学の友人から言われるであろう言葉が頭をよぎる。夏は、神吉さんのアトリエで自分の就職について相談をしていた。
「僕は良いと思うよ。あの美術館はとても面白いと思う。日本で一番広いんじゃないかな?来館者も多いだろうし、忙しそうだけどその分、やりがいがあると思う」
神吉さんは良い選択だと言ってくれた。確かに興味深い美術館だ。
本物が置いてあるわけではなく全て複製画なのだが、そのアート作品の再現が素晴らしい。
モナリザ、ひまわり、ゲルニカ 何でも来い。中学の美術の資料集に載っている作品が全ていっきに鑑賞できる、その光景は圧巻だ。
有名な作品が日本にやってきても、人ごみに押されながらほんの数秒だけ見たら係員に追い出される。そんなアホらしい美術展を夏は何度も経験した。
本物の良さを分かる人がこの世の中に何人いるのか、そして本物が良いと決めるのは誰なのか。
絵画は基本自分が良いと思った物が素晴らしいものなのであってそれは誰かが良いと言った物では決してない。
芸術を鑑賞するために必要なのは空間と時間。鑑賞に余裕がもてる美術館こそ最高の物だと夏は思っている。
6年大学にいた。もう十分だろう。
「そろそろ前に進む!」
夏は宣言した。
「急がなくても大丈夫。ゆっくりでいいからね。僕も、四国の美術館に就職している知り合いに、連絡を取っておくから」
神吉さんは微笑んでいた。