媚薬

事故の記憶

夏は笹野さんのマンションへ来ていた。

2LDK のマンションは別荘用途に建てられた区分所有型のマンションのようだった。リゾートマンションのような温泉大浴場やジム、屋内プールがあり豪華だった。

笹野さんは部屋の中を案内してくれた。調理器具が揃ったキッチンやセンスの良い家具でコーディネートされた広めのリビング。そしてキングサイズのベッドが置いてある白を基調とした寝室。

リビングの壁に立てかけられた大きなアンティークデザインの姿見鏡まで連れてくると、笹野さんは夏を鏡の前に立たせた。

「鏡の中の君を見てごらん。夏、自分は何歳に見える?」

「……」

笹野さんが何を言っているのか理解ができなかった。
鏡に映る自分は、いつもと変わらず24歳の夏だった。

「夏、君は24歳の女の子ではなく32歳の既婚女性だよ。童顔だし若く見られるタイプだから、違和感はないのかもしれないけれどもう若い女学生ではない」

夏はじっと鏡の中の自分を眺めた。
そう言われれば目尻にシワがある。
肌も瑞々しいというには少し筋肉量が減った30代の肌に見える。

自分が考えている姿を鏡は映していなかった。
どこか影のある寂しそうな30代の女性が、ありのままの姿でそこに存在している。

「私は……誰なんですか?私は……」

笹野さんは夏の髪を優しく撫でた。

「ソファーに座って話をしよう」

そう言うと笹野さんは夏をリビングのソファーへ誘導した。
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