媚薬

出会い



そろそろオーダーストップの時間も近くなり、夏は店じまいの準備をしていた。
その時カウンターの下に置かれた媚薬に目がいき、何故か急に匂いを嗅ぎたくなった。

媚薬というものを今まで漫画でしか見たことがなかった。そういう物が本当に存在するなんて思はなかった。
好奇心から、匂いだけ嗅いでみようと蓋を開けたところに、新しいお客さんが入店してきた。

「いらっしゃいませ」

最後のお客さんを送り出して、もう今日は終わりだと思ったのに残念、と内心思いながらも笑顔で応対した。

「まだ大丈夫ですか?」

スーツ姿のその男性は初めて見る顔だった。

「ええもちろん。どうぞおかけ下さい」

カウンターの奥の席に案内する。

1人でくるお客さんは、バーテンとの会話を楽しみたい人がほとんどだ。そういった場合は奥の席が好まれる。

彼は国産のウイスキーをトゥワイスアップで注文した。

「何時まで大丈夫ですか?」

気を遣ってそう訊ねてくる男性に、お気になさらずごゆっくりどうぞと答えた。


「仕事でこの辺りにくることも多くなりそうだから、一見でも大丈夫なバーを探していたんだ」

他に客もいなかったせいか、男性客が夏に気軽に話かけてきた。
たぶん自分より若い女性のバーテンだったから気を許したのかもしれない。

「なるほど。ここは分かりにくい場所にあるので一見さんは珍しいのですが、初めての方も大歓迎です。これからも贔屓にしていただけると有り難いです」

営業スマイルで答える。

彼はゆっくりとグラスを傾けて後ろに置いてある様々なウイスキーを眺めていた。

「ウイスキーの種類も沢山あるみたいだし、いい店を発見できてうれしいよ」

ありがとうございますとスマートに返事をする。

ウイスキーのうんちくをきかされるだろうなと予想し「凄いですね。よくご存じで」と客を喜ばせる言葉を用意していたが、話しかけらずその客は静かに飲んでいた。
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