君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
『すごく素敵な女性かもしれないですよ』
『その娘さんと幸せな結婚ができると思います』

あの彼女のその言葉にも、なんの根拠もないが。

人の心情は簡単に割り切れるものではないし、もしほかの誰かが口にしたなら、適当なことを言うなと憤っていたかもしれない。

それなのに彼女の明るいオーラにあてられ、すっと受け入れられた。

不思議なくらい前向きな気持ちになれたのだ。

しかも――。

「ぷぱっ」

「……郁人さま、どうされましたか?」

あまりにも俺らしくない笑い声を上げたからか、運転席で牧野がビクッとした。

「なんでもない」

彼女に羽交い締めにされたのが脳裏をよぎり、噴き出さずにはいられなかった。

俺よりもずいぶん小柄で華奢な女性に背後から拘束され、もつれ合いながら橋の上を転がるなんてありえないだろ?

とっさに下敷きになったが、へたをすればふたり揃って川に落ちていたかもしれないのに、本当に無謀だ。

首に巻いたアイボリーのマフラーにそっと触れる。私物の交換なんて、まるで十代のカップルだ。マフラーからはふわりと陽だまりのにおいがした。もう二度と出会えないと思えるくらいの清らかな女性だった。

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