君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
母は『あっ』と声を上げて駆けつけたが、私はいつの間にか遠くまで行っていて、間に合いそうもなかったという。そんな私の体を支えて助けてくれたのが郁人さんだったのだ。

郁人さんはとても面倒見のよいお兄ちゃんで、ずっと私のそばについて見守ってくれていたそうだ。

彼が中学生になる頃には、絢子さんと一緒にやって来ることもなくなり、顔を合わせる機会はなかったけれど、母がたびたび『みちるの人生の第一歩目を支えたのは郁人くんなのよ』と口にするから、私はちょっと彼を意識していた時期もある。機会があれば、彼に覚えているか聞いてみたいなと思う。

その郁人さんもいるこの素敵なお屋敷で、住み込みのお手伝いさんとして働くのだと思うとわくわくした。

首に巻いたオリーブグリーンのカシミヤマフラーを撫でる。

私にはあの彼もついているのだ。

大理石が敷き詰められた気品のあるエントランスホールで、先輩のお手伝いさんらしき四人が出迎えてくれた。

さすがこれだけの大豪邸だから、たくさんの人が働いているのだ。

女性が三人と男性がひとりで、年齢は三十代から五十代くらいだろうか。

最初が肝心だから、元気に挨拶をしなきゃ。

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