君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「……嘘?」

信じられない。

彼のほうも瞬きを忘れたように固まっている。

「もしかして、あなたが郁人さんだったんですか?」

彼がわずかにうなずく。

「すごい、まさかこんな偶然があるなんて」

声を弾ませずにはいられなかった。

そこにいたのは、なんと一週間前に川の橋の上で出会ったあの男性だったのだ。

手放しで喜ぶ私とは裏腹に、郁人さんの表情はどんどん強張っていく。

驚きすぎて声も出ないのだろうか。

「今日からお世話になります。中野みちるです。よろしくお願いします」

なにも言わない彼に、ぺこっとお辞儀した。

まだ夢を見ているみたいだけれど、今日から彼のもとで仕事をさせてもらうのだ。

精いっぱいがんばらなきゃと、改めて意欲を燃やす。

「最初から全部仕組んでいたのか?」

私の首もとのマフラーを見つめながらぽつりとつぶやいた郁人さんに、私は首をかしげる。

「え?」

「あの日、君は俺の正体を知っていながら、偶然を装って近づいたのかと訊いている」

彼がひどく冷たい目をしていることに困惑しながらもかぶりを振る。

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