僕と結婚しても、傷つかない人を探しています。
「琴子さん、明日は店まで送っていきます。タイヤもスタットレスに履き替えたし、朝早いのは僕もだから一緒に出よう」
「本当ですか! ありがとうございます、歩いて行こうかと考えていたから助かります」
 琴子さんの働くケーキ屋は、一駅先にある。歩いて行けない距離ではないけれど、心配だから乗せていこうと決めていた。 
 一緒にパンを焼いて簡単に朝食にし、支度をして買い出しに出る。
 駅のそばの大型スーパーは、いまのうちに買い物を済ませたい、我々と同じ考えのお客で溢れかえっていた。
 さながら年末の買い出しのような雰囲気に圧倒される。
 まるでこれから数日は家から出られないとばかりに、カゴを載せたカートいっぱいに食品や日用品が積まれている。
 その熱気にあてられて、入口で思わずカートにカゴをセットしてしまった。
「せっかく車できてますし、日用品のストックも合わせて買っていいですか?」
 琴子さんは、更にカゴをカートの下にセットした。
「私、こういう空気に飲まれやすいんです」
 照れくさそうに笑う顔が可愛くて、どんどん買って良いよと自然と言葉で出ていた。
 ……そう。ちょっとした些細なやり取りや、会話のなかど僕は琴子さんをとても……可愛いと感じる瞬間がある。
 僕たちは形式上は夫婦だけど、実態は契約結婚したビジネス夫婦だ。ただの同居人、そういうスタンスで二人暮らしはスタートした。
 手を握る事もないし、式を挙げなかったので誓のキスもしていない。
 そこには性愛は存在しないはずだった。
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