まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 彼は眠る前、最後にどこか行きたいところはないかと聞いた。私は『考えておきます』と笑顔で答えたものの、心の中ではごめんなさいと謝罪していた。

 私は一哉さんに何も言わず契約書を置いて家を出た。まだ日の入りしたばかりの午前四時には母屋の方も誰も起きてはいない。

 普段賑わっている温泉街の通りも閑散としていて、冷たい風が一直線に吹き抜けていた。

「黙っていくつもりですか」

 すると背後から声がした。振り向くと旅館から続く一本道をゆっくり歩いてくる女将の姿が合った。

「あなたも一華と同じ道を行くのね」

 重ね合わせるようにして私を見る表情はとても悲しそうに見えた。私は少し黙って考えた後、首を横に振って微笑んだ。

「いえ、私は女将と同じ道を行くんです」

 この選択が正しいのかなんてわからない。一哉さんの気持ちを聞かないまま、別れも言わないままで姿を消すなんて自分の思い上がりではないかとも思った。

 だけど私なりに考えて出した結論だ。

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