まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「すごい熱。平気そうな顔して……どうして何も言わなかったんですか」

 こんな高熱で平然としている方が不思議だ。それが朝からだったなんて、出かけていく一哉さんを思い出したら信じられずに目を泳がせながら思わず声を荒げてしまう。

「すみません、私何も気づかなくて」
「そんな! 社長は昔から無茶なさる方ですから、私も十分注意するようになって」

 何も気づいてあげられなかった自分が恥ずかしく思えてくる。毎日のように同じ部屋で過ごしていて、今朝も一緒にいたのに何の異変にも気づけなかった。

「どうしてもご自宅に帰りたいとおっしゃるので退院許可は取ってあります。ただ、私はこのあと会社に戻らなければなりませんので社長のことをお願いしてもよろしいでしょうか」

「はい、ありがとうございました」

 そう返事をしながらちらりと一哉さんに目を向ける。タブレットでまだやり残した仕事をしているようで、こんな状況でも帰りたいなんて彼はどうかしている。

 何度もこちらを振り返りながら申し訳なさそうに病室を出ていく光井さんに頭を下げ、私はふたりになった途端にふうっと椅子に座り込んだ。

「このまま病院にいた方が早く熱も下がるのに。帰ってまだ仕事する気ですか?」

 点滴がゆっくり落ちていった。

「病院は嫌いなんだ」

 すると少し間を開けて意表を突く言葉が返ってきた。まさかそんな答えがくるとは思わなくて、つくづく掴みどころのない人だと首をかしげた。

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