まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「結ちゃん?」

 しばらく呆然と立ち尽くしていたら巧さんに呼ばれてハッとした。

「どうかした?」
「あ、いえ」

 気づけば男性の後ろ姿は消えていて、きょろきょろ見渡してみるけれどそれらしき人物はどこにもいなかった。


 帰り際、化粧室に立ち寄った私はなぜか頭から離れなくなっているあの男性の顔を思い出し、無意味にぶんぶんと頭を振る。

 彼のセリフに苛立っていたはずだったのに、一瞬でもあの美しさに見惚れた自分がどこか負けたような気がして悔しかった。

「さっきいらっしゃってた相馬さん、噂通りのイケメンね」
「私なんて二回も目あっちゃった」

 化粧室を出てすぐ、近くの小部屋から聞こえてくる会話に自然と耳を澄ませる。こういった話題はもう慣れたものだけれど、彼が褒められるというのは何度聞いても自分が褒められているかのように嬉しいものだった。

「でも相手の女性見た? すっごい地味」

 そのとき、ちょうど話題が切り替わり、ずきっと心が痛くなる。きっと私たちはすでに帰ったものと思われているのだろうがあまり聞きたい内容ではなく足早に帰ろうと歩き出す。

 しかし私を迎えに来た巧さんが対角線上に立っていて、彼もその会話を聞いてしまった。

「どうせ親の決めた結婚かなにかでしょう。どっかのご令嬢だって言うし」
「なるほどねえ、相手を選べないなんてかわいそうよね」

 どれもこれも耳が痛い。

 言われ慣れているし聞こえないふりをすれば何も問題ないといつもは自分に言い聞かせているけれど、複雑そうに顔を歪ませる彼に聞かれたとなると恥ずかしくて仕方なかった。

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