俺はずっと片想いを続けるだけ*2nd
俺はもう一度、グレイスの肩を抱き寄せたくて、手を伸ばしたが、すっと一歩引かれてしまった。


「なるほど『クリリン』『メルメル』と互いに呼び合うご関係でしたのね」

「あら、ご関係だなんて!
 私、余計な事を申しましたわ。
 幼い頃の話ですのよ。
 どうかお気になさらず」

「グレイス、先に食事に行かない?」

「お食事は後にしましょう。
 メルメル様、特に気にはしていませんわ。
 旦那様の幼馴染みでしたら、私にとっても大切な御方。
 私の事は『グレグレ』とでも、『グレリン』とでも、お好きにお呼びくださって結構ですわ」



早口に言うグレイスは表情を消していた。
これは気を付けなくてはいけないサインだ。
俺の中の何かが点滅する。


馬車の中でグレイスはこのホテルの見取り図と
周辺の地図を眺めていた。

彼女は本人が言うような馬鹿ではない。
俺の寝室から初めて案内されたウチの客室まで、迷わずに走り抜けた天使を舐めてはいけない。

もし、ここで彼女が怒りのあまり駆け出したら?
反対に俺の方が追い付けず迷ってしまう。
ここには10年以上来ておらず、ホテルも街も海岸も記憶は曖昧だ。


俺は彼女の腰の辺りに手をあてる風を装って、
離さないようにドレスを掴んだ。
それに気づいた彼女が俺を見上げて睨んだ。

愛しい妻に上目遣いで睨まれて、息を飲んだ俺は男として正しい反応だったと思う。

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