泡沫の恋
「……――春野!!」

呼び止めると、春野が驚いたように振り返った。

「え、どうしたの?」

春野がパッチリとした大きな二重の瞳を見開く。

「あ……、いや……」

どうしたのと問われてふと冷静になる。

春野に手を振られただけで別に呼ばれたわけではない。

ただ、少しだけでも話したくて追いかけてきたなんて恥ずかしくて言えるわけがない。

「今休憩中?私とおしゃべりしてても平気なの?」

「あと5分ぐらいなら大丈夫」

「そっか。練習は順調なの?」

「まあまあ。つーか、春野今日なんかちょっと違くない?」

普段はストレートの髪を緩く巻いているからかいつもよりどこか大人っぽく見える。

「あ、うん。今日中学の時の友達と遊ぶって話したら三花がコテで巻いてくれたの」

「……そっか」

それって男?女?喉元まで出かかった言葉をぐっと飲みこむ。

俺と春野は付き合ってるわけじゃないしそんなこと聞く権利はない。

「あ、誤解しないでね!女の子だから。駅前に新しく出来たお店のクレープ食べに行く予定なの」

良かった。女子同士か。

「春野って甘い物好きなの?」

「好き!クレープもケーキもパフェも甘い物ならなんでも」

俺は相当重症だ。目をキラキラと輝かせながら話す春野に俺まで表情が緩んでしまう。

「そっか。覚えとく」

そのとき、グラウンドの方からピーっという笛の音が鳴った。

「ごめん、戻るな」

「うん。暑いけど無理せず頑張ってね」

「春野も気をつけてな。ナンパされてもついてくなよ」

「ついていくわけないじゃん!」

あははと笑う春野と別れてグラウンドに向かって駆け出す。途中で背中に熱い視線を感じて振り返ると春野と目が合った。

今すぐ春野のところへ駆けていきたい気持ちをぐっと抑える。

「あのさ、今日の夜も部活終わったら電話していい?」

「うん。待ってる」

俺は今度こそ春野に背中を向けてグラウンドに駆けていく。

次また振り返ったら練習に戻れなくなると思うぐらい、春野と会話を切り上げるのは辛かった。

一分でも一秒でも長く春野と一緒に過ごしたい。

「……よしっ。やるしかない」

俺は気持ちを切り替え、再びサッカーの練習に戻った。
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