泡沫の恋
芽生える恋心
春野愛依side
★春野愛依side★
チャイムが鳴り響き先生が教室から出て行くと、静かだった教室内が一気に騒がしくなる。
「あっつー」
そう呟いたって暑さは和らぐはずもないのにぼやかずにはいられない。
まだ6月だというのにまとわりつく風は生ぬるくて多量の湿気を含みジメジメしている。
夏服のセーラー服の胸元を掴み、パタパタと揺らして風を送り込みながら持参してきた携帯扇風機を顔面に当てる。
ガチガチにセットしてきた前髪もこの湿気ではとてもではないけれどキープのしようがない。
「ねえ~、この暑さ狂ってない?顔中の毛穴から汗が噴き出るんだけど。メイクドロドロ」
やってきた三花が私の前の席に座る。
その手にはお気に入りの雑貨屋で先月色違いで買った水色の扇風機が握られている。
「ねっ。命の次に大切な前髪も終わった」
「6月だからまだ冷房つけませんとか、先生鬼すぎじゃない?温暖化ナメすぎっしょ」
「ホントそれ。そのくせ職員室だけ冷房つけてるとか不公平すぎだよね」
胸の下まである黒髪ロングが風に揺れて、三花の白くて細い首元が露になる。
そこには小さな赤い跡があった。見てはいけないものを見てしまったみたいでドキリとする。
高2で同じクラスになった三花とはすぐに意気投合して仲良くなった。
明るくてお洒落で少し大人びている三花と一緒にいると楽しくて仕方がない。
「これ彼氏に付けられたんだよね。独占欲強すぎてやんなっちゃう」
私の熱い視線に気付いた三花が困ったように苦笑いを浮かべながらキスマークのある部分を指でなぞる。
「いーなぁ、彼氏。私も欲しすぎる」
唇を尖らせながらぼやく。
「愛依も作ればいいじゃん」
「簡単に言うけど、彼氏作るのってメチャクチャ難しいだよ!?」
中学の時は漠然と高校生になれば彼氏の一人や二人自然にできるものだと思っていたけど、理想と現実は違う。
高校に入学してからメイクや髪型にも気を付け、オシャレにも力を入れているのに高2の今もさっぱりだ。
「愛依はさ、好きな人いないの?」
三花の言葉に、私は無意識に隣の席の九条賢人に目をやった。
校内で唯一サッカー推薦で入学し、エースと期待されている九条。
朝練で疲れているせいか、授業が終わると同時に机に伏せてぐっすりと眠っている。
大きな背中が呼吸に合わせてわずかに上下する。
髪型は私の好きな韓流アイドルと同じセンターパートだ。
パーマをあてたわけではなさそうだけど緩い感じにウェーブがかっているふわりとした清潔感のあるやわらかい黒髪。
自己主張の強すぎないさっぱりした塩顔。校内ではイケメンともっぱらの噂だ。
「……なるほど」
私の視線に気が付いたのか、三花がニヤリと笑う。
「えっ!?そんなんじゃないからね!!」
「照れんなよ~!」
「だーかーら!違うってば!」
私は慌てて否定する。
うちの学校のサッカー部はこの辺りの地域では強豪校らしく、それなりに有名だ。
高2にしてレギュラーの座を勝ち取った九条に興味を抱くのはきっと私だけじゃない。
九条は校内の女子の憧れの的。
勉強はできるしサッカー以外のスポーツも万能。
180センチ近い長身に長い手足と小さな顔。奥二重の涼し気な瞳。形が良く綺麗な鼻筋。
九条の存在は華があるし人の目を引く存在だ。
それでいて持って生まれたその素晴らしい容姿をひけらかすこともしないし、どちらかというとみんなの輪の真ん中で静かに笑っているタイプ。
何より誰に対しても優しい。彼が誰かの悪口を言っているところを見たことがない。
だから、少し気になってる。
たまに男子同士でふざけ合ってる姿とかふわりと笑った目尻の下がった笑顔とか。
本当はなんかちょっといいなって思ってる。ただ、それだけ。
だから、まだ好きとかじゃない。
心の中で誰に対してなのか必死になって言い訳を繰り返す。
「ホント違うからね!」
「またまた。強がっちゃって」
三花は私の気持ちを見透かしたように余裕気にふふふっと笑った。