仮面夫婦のはずが、冷血御曹司の激愛で懐妊いたしました
 圭介が帰っていった副社長室で、圭一郎はデスクを人差し指でトントントンと叩きながら考えを巡らせている。
 これほどまでに、向坂自動車の後継者の座を欲しいと思ったのは、はじめてのことだった。今までも目指してはいた。けれどそれは、自ら望んでいたというよりは、ただそれが自分の使命だと感じていただけなのだ。
 だが今、どうしてもトップに立ちたいという強い思いに突き動かされている。
 ほかでもない、妻の澪のためだった。
 二週間前の土曜日、圭一郎は澪の実家を訪れた。父娘と亡くなった母親の写真、それから家族が大切にしてきた緑豊かな庭が温かく圭一郎を迎えた。
 そしてそこで過ごすうちに、圭一郎は心の中でまだぼんやりとしていた幸せな家族というものの姿がはっきりとしていくのを感じていた。澪とふたりで歩む先に、このような温かな家庭があるのだと確信した。
 だが一方で、父親の治彦が終始どこか申し訳なさそうにしているように感じたのは、圭一郎の思い過ごしではないはずだ。澪が彼の養子だということを秘密にしていることに罪悪感を覚えていたのだろう。
 澪の作る料理を三人で囲みながら、圭一郎はその重石をいつ取り除くべきかということに考えを廻らせていた。
 自分はすでに知っている、それでも澪を愛している、だから安心してほしい。
 だが、ことはそう簡単ではないと圭一郎は考えていた。この結婚が政略結婚である以上、澪が養子であることが明るみになれば周囲はそれを許さない。
 ましてやそれで圭一郎が向坂自動車の後継者候補から外れたとなれば……。
 ——澪は責任を感じて、この結婚を終わらせると言うかもしれない。
 圭一郎の周囲からも離婚を求められるだろう。もちろんそれは拒否するつもりだが、それでもふたりの結婚が危うくなるのは間違いない。
 なによりそれを圭一郎は恐れていた。
 そしてさっきの取締役会で、ニヤついた和信を見るうちに、あることを思いついたのだ。
 この結婚を、ふたりの穏やかな生活を、未来を、なんとしても守りたければ、周囲の雑音を凌駕するくらいの圧倒的な力を圭一郎がつければいい。彼女について、祖父も父も誰にも文句を言わせないくらいの力を。
 リコールの件は絶好のチャンスだった。
 誰もなし得ないことをやり遂げて、確固たる地位を手に入れる。そうすれば、この結婚を守ることができる。
 目を閉じると、澪の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 あの笑顔を絶対に守ってみせる。
 机の上の手を握りしめて、圭一郎は決意していた。
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