好きとか愛とか
激しく尻餅をつき、椅子の角に背中を刺したがぶつけた衝撃しか感じない。

 「壱っ!!」

真っ先に駆けつけてくれたのは壱矢で、打ち付けただろう箇所を探って撫でてくれている。

 「どこぶつけた?大丈夫か?ごめん受け止めてやれなかった」

 「いえ、大丈夫です。どこもなんともありません」

ぶつけた痛みもじわじわ引いてきている。
数日青あざができる程度だ。
一通り確認し、怪我が無いことに安堵した壱矢が深い息を吐き出した。
そして、ふわりと抱きすくめる。
よかった、と繰り返してそばで立っていた愛羅を見上げた。
壱矢の刺す視線にびくついた愛羅の喉が、恐怖に泣いた音を出す。

 「愛羅!!お前いい加減にしろよ!!思い通りにいかないからって手ぇ出してんじゃねえ!!」

完全に崩壊した涙腺と感情は、もう愛羅には手に追えないものとなっている。
両手を握りしめて唇を噛み締めた。

 「愛羅は悪くないもんっ!!!」

お決まりの台詞を吐き捨てた愛羅が、恭吾さんの影に逃げ隠れた。
けれど、恭吾さんからの慈悲は降りてこない。
母からも無かった。
誰からの賛同も得られない。
これがわがままに育てられ、小さいころからなんでも思い通りにしてきた女のなれの果て。

これだけ見たらもう充分ではないだろうか。
この家にいろという強制権など、この二人には無いも同然だ。
世間一般的に私と壱矢が一緒に住むことはアウトだけれど、奥津家としてはそれが最善じゃないだろうか。
大人二人の考えは甘すぎたのだ。

話し合えばなんとかなる次元はとうに越えていた。
もう戻ることはできない。
戻るとして、どこまで戻ればいいのかも誰にも分からない。

 「どうしますか?また、私から奪いますか?」

壱矢から離れるつもりはないことを態度で示し、良質な選択肢が多くないことを伝える。
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