好きとか愛とか
 「急いだ方がいいんじゃない?あっちももう終わってる頃だろうし」

放課後になる時間はどちらも大体同じだ。
形になるかどうか雲を掴むような今の状況では、余りミスを見せない方がいいような気もする。
約束したなら実行が、人の信頼を得る近道なんだから。

 「ごめんね、壱ちゃん。助けてもらったのに私、なにも返せなくて」

 「なにか返して欲しくてやったわけじゃないから。そんなのいい」

 「うん、ありがとう。じゃあ、また明日ね?」

 「じゃあね」

嬉しそうに手を振って、急いで教室を出ていく。
またもや、廊下を走る軽やかな音が響いた。
こんな場面、教師連中が見たら反省文ものだ。
落ち着いて行動できないものに学力向上はない、と言うのが理事長の持論だが私としては納得いっていない。
落ち着いていないと集中力も低下するだろうけど、だからって落ち着いていたところで学力が上がるわけでもない。
落ち着きのない人にだって学力レベルの高い人は山ほどいるのだから。

安倍さんの走る音が消えると、今度は正反対の静寂が訪れた。
嫌いじゃないこの一人ぼっち感。
自分が自分であることを偽らなくていいこの空間は、寂しくもあるが同時に自分を感じられて不思議な気分だ。

 「ここに住めたらいいのに…」

誰も居ない教室を見回して、そんなことを呟いてみる。
いっそ今日はもう帰らないでここにいてみようか。
食べ物はコンビニで買って、シャワー室で髪を洗って、体育着で寝る。
一人キャンプみたいで楽しそう。
家族団欒を思い返し、ここで一人でいる自分を想像してみると、後者の方が魅力的なことに正直驚いた。

 「そうしてみようかな…」

一日くらい、大丈夫な気がした。
一日くらい私がいなくても、気付かれない気が、本気でした。

< 25 / 242 >

この作品をシェア

pagetop