好きとか愛とか
上体だけを捻って出入り口の方へ向けた壱矢が、婦警さんを意識だけで呼ぶ。
気付いた婦警さんがこちらを向いて首をかしげた。

 「あの、まだいいですか?あと少し落ち着いてから帰りたいんですが」

 「構いません。ゆっくりしてください」

快く引き受けてくれ、それが落ち着きを取り戻す手助けとなった。
婦警さんに助けられ、確かに感じていた生きている実感は壱矢が来てくれたことでおぼろ気だったことが分かる。
その事がどうしようもない痛みを与えて、その痛みに耐えきれなくなった私の感情が、とうとう限界を超えてしまった。
目頭が痛む暇もなく、涙が溢れて流れた。
けれどこんな時でも泣いている姿は見られたくなくて、出きる限り顔を背ける。

すると繋がっていた手が離れて、壱矢が私に背を向けて座り直した。
見られたくない気持ちまで読み取ってしまうのか、この男は。
なにも言ってないのに仕草だけでそれを読み取られて、何から何まで悟られたみたいで忌々しいのに、それが一番胸に響いて染みていく。
私も背中合わせで座り直し、壱矢にほとんどの体重を預けてもたれかかった。
きっちり座っていることも億劫だった。
ただただ、止めることのできない涙を、思いのままに解放したかった。

壱矢がそれを静かに受け止めてくれている。
暖かい体温が伝わって、抱き締められたりするよりよっぽど落ち着けた。
無造作に放り出された手の上に、壱矢の手のひらが重なる。
触れることを躊躇したその動作は、一連の出来事を思い出した私を気づかってのもの。
ただ重ねているだけ。

 「ありがとうございます」

本心からそう言うと、私は自ら壱矢の手をぎゅっと握りしめた。





















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