好きとか愛とか
それとも他のなにか────

 「今日あんなことになっても私、先輩だと平気なんですよ。怖くないんです。不思議ですね」

風が一瞬止んで、また動き出す。
困ったときの顔で、私を見下ろしていた。

 「男としてみてないからじゃない?」

壱矢からの答えは、私の中には入ってこなかった。
それは違うと断言できる。
母の再婚当初から、壱矢は他人でただの男。
壱矢は私にとっては男もだ。
兄でも家族でなく、れっきとしたただの男人なのだ。
私のことを妹とも家族とも見ていないといった壱矢と同じく、私にとってもこの人は男そのものなのである。
壱矢に恋をしている女の子達のように胸を躍らせたりはしていないけれど、義理の妹や女友達といるときにはない緊張だって感じてる。
改めて壱矢という存在を分析してみても、二人きりでいるときのあの居心地の悪さは、やはり異性といるからということも起因しているのだ。

ただ家族として仲良くしようと近付いてきていたわけじゃない。
そのフィルターが無くなって見えた壱矢は、高校三年生の男だった。

 「あー、だから居心地悪かったんだ…」

頭の中の独り言がうっかりぽろっと溢れ出る。

 「なんのこと?」

それを拾った壱矢が首を傾げる。

 「いえ、なんでも」

異性とまともに話したことがないから、あんなに落ち着かなかったのだ。
そう思って考えてみる。
嫌な意味での居心地の悪さを、壱矢に感じた最後はいつだっただろうか。
話しかけないで欲しいと感じたあの日はいったいいつだっただろう。
記憶を遡っても、すぐには見つけられない。


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