初恋を拗らせたワンコ彼氏が執着してきます
 仕事中の自分をいきなりこんな場所に強引に連れ込んで責めた挙句、強引にキスまでしてきたのだ。

 しかし階段を上る透の後姿が、叱られてシュンとしながら退散する大型犬のように見えて、自分が彼を虐めたような罪悪感を覚える。

(私、言いすぎちゃったかも……ちゃんと話をしなきゃ)

「あの、折原く……」
 声を掛けようとすると、廊下へ出る扉に手を掛けながら透が力なく振り返った。

「唯花さんごめん。俺頭冷やす。出張から帰ったらきちんと話したいから、来週の金曜時間作ってもらっていい?」
「……うん、わかった。気を付けて」
 
 なんとか笑顔を作ると、透はやっとホッとした表情になり戻っていった。
 非常階段のドアが閉まると同時に唯花は脱力し背中を壁に預けた。

「あんな顔、見たくなかったな」
  
『どうでもよくなりそうだ』と言った時の透の冷たく寂し気な瞳を思い出すと切なくなる。

 投げやりな表情は、9年前に路地裏で出会った孤独な不良少年を思い出させた。
 彼にあんな表情をさせるつもりはなかったのに。
 
 透が何を思っているのか分からない。でも、自分も頭を冷やしてちゃんと彼と向き合おう。唯花は思った。


 週明け、サクラダペットフーズ社内でとある噂が駆け抜ける。
 折原透が親会社桜田フーズの社長の養子だということ。

 そして同社専務の娘である奥村愛奈と、彼の婚約が決まったということ。
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