君の秘密を聞かせて
 *



 今朝も、私のスマホは鳴ることなく学校にたどり着いた。

 毎朝、〝おはよう〟とさりげないメッセージが来ていたのに。別にそのチャットを心待ちにしているわけじゃないけど、やっぱりいつも来るチャットが来ないと不安な気持ちになった。

 はじめは、チャットなんかしないでほしいと思っていたくせに。

 わがままな人間だ。いつのまにか、チャットが来る来ないで心が揺れ動くようになっている自分がいて、嫌になってしまう。

 ……私は、蓮くんの恋人でもなんでもないのに。

 ちゃんと、しないと。パン、と両手で頬を叩くと、教室のドアを開けた。

 一人静かな室内に入って、自分の席に鞄を置く。

 教科書を取り出す前に、またスマホを見た。でも、やっぱり蓮くんからのチャットはない。

 首を振り、お昼休みには会えるからとスマホをしまいこんだところで、井上さんが入ってきた。

「おはよ!」

 いつもの朝。いつもの挨拶。

 なんとなく、井上さんがいつも通りであることにほっとしてしまう。

 井上さんも席に鞄を置くと、体をひねってにやっと笑いかけてきた。

「優馬と話してくれたんだってね。ありがとう」

「え?」

 思わず聞き返す。

 なんで、それを知ってるの?

 もしかして、蓮くんから聞いたの?

 やっぱり昨日、蓮くんは、あの場にいた……?

 驚きながらも、どうにか冷静を装いながら聞き返した。

「……誰に、聞いたの?」

「優馬。珍しく向こうからチャット来たと思ったら、他の女の子の話かよー、なんてね。うそうそ、うれしい」

 ……だよね。

 長谷くんと井上さんは付き合ってるんだから。二人は私のことを気にかけてくれていたようだから、第一報を長谷くんが井上さんに送るのは当然の流れだ。

 蓮くんが、あの場にいたわけがない。

 だって、私は長谷くんを追って本屋さんまで行ったんだから。

 そのあと、公園へ行って、話して。中途半端な夕暮れ時に駅で別れたんだから。

 ずっとついてきてたとか。駅前で私の行動を見張ってたとか。

 そんなこと、あるわけない。

 ……なんて、言いきれないから、怖い。

 蓮くんのこれまでのことを考えると、私のことずっとつけてたとしても不思議じゃなかった。

 ついこの間まで、私が変な気を起こさないようにと始終見張っていたくらいだ。蓮くんは長谷くんのことで私が悩んでいたことを知っているから、私が変な行動を取りはしないかと警戒してきた可能性もないとは言い切れない。

 ……あぁ。そうだ。

 変な行動といえば……私、長谷くんに会う前に、中学校舎に向かったんだ。

 あの日、いつもみたいに蓮くんに三階の窓から手を振られて、私も小さく合図を送った。そして、少し歩いて窓から蓮くんの姿がなくなったのを確認してから、中学校舎へと向かっていた。

 普段はしない行動。不自然な、行動。

 ……あの時の私の行動をやっぱり蓮くんは見ていて、不審に思ったとしたら……。

 どきどきと、胸が鳴り出す。不安な気持ちが膨らみ出す。

 私は今、修ちゃんのことで思い詰めて駅のホームから飛び降りようという気はない。だから蓮くんにどんな姿を見られても、これ以上蓮くんを不安がらせることはないと思うけれど。

 私が長谷くんと二人きりでいるところを、なぜか見られたくないと思っていた。

 変な風に思われたらどうしよう。

 勘違いされたらどうしよう。

 ……いやだ。

 私、なんでこんなこと、考えてるんだろう……。

 不自然に口を閉ざしている私を、井上さんが不思議そうな顔をして覗き込んでくる。

 はっとして、顔を上げた。

「相澤さん、なんかぼーっとしてるー。蓮のことでも考えてるの?」

「ちっ、違う……」

「あはは、照れない照れない」

 井上さんが茶化してくるので、ごまかすように私は鞄から教科書を取り出し始めた。それに合わせて、井上さんも同じく教科書を取り出す。

 井上さんは、私と長谷くんが二人きりで話したと知っても嫉妬したり、変に勘ぐったりしないんだ。

 強い人だな、と思った。私だったら、もしかしたら変な風に捉えてしまうかもしれないのに。

 それは、お互いに信頼し合っている証拠なのかもしれない。

 ……あ、そういえば。

 私はまだ他の生徒が来る気配がないことを確認して、小声で話した。

「あの、言い忘れてたんだけど……」

 なになに?と、井上さんが顔を寄せる。

 私はさらに小さい声で、囁いた。

「私と蓮くんのこと……他の人に、話さないでほしくて」

 井上さんは、人の噂話を積極的に広める人ではないとは思う。

 ただ、はっきりとそう伝えておくのを忘れていた。

「あぁ、それねー。ちゃんと蓮から聞いてるよ。誰にも喋らないから安心して! でもなんで?」

「い、今、保留中だから……。変な噂がたっても、私と蓮くんは付き合うかはわからないんだし。……そもそも私は、誰かと付き合ったとしても、恥ずかしくて広められたくない……し」

 答えると、井上さんは大口を開けて豪快に笑った。

「優馬と同じタイプだー。優馬もシャイだからなぁ。意外と多いよね、そういう人。そういえば私、歴代の彼氏のほとんど全員に公表拒否されたわ」

「え、れ……歴代?」

「そうそう。私、恋愛体質だから。幼稚園の頃から彼氏いたなー。その割に、まだチューもしたことないんだけどね。人数だけは多くて」

 数えるように、両手の指を折っていく。改めて、私とは別次元の人種に思えて驚いてしまった。

 でも、井上さんらしいといえば井上さんらしい。

 コミュニケーション能力も高いし、いろいろな男子が魅了されるのもわかる。

「あー、でも公表したいってタイプもいたかなー。……でも、結局すぐ別れちゃったから言うことはなかったんだけど」

 あはは、と笑いながら、井上さんが鞄の中のものを取り出す作業に戻る。鞄を逆さにしてドサドサと教科書を出していく井上さんを、私はぼんやりと眺めていた。

 その時、気づいた。

 ——気づいて、しまった。

 井上さんの鞄に付けられた、いくつかのグッズ。

 ユーフォーキャッチャーの景品でありそうな、パンダのぬいぐるみ。

 アイスクリームの先がLEDで光るようになっている、小さなライト。

 ……そして。

 それらの中に、おどけた顔をしたタコのキーホルダーがある、ことに。

 それと同じものを、私は見たことがあった。

 春休み。蓮くんと一緒に公園デートをした時のことだ。

 得体の知れないキャラクターばかりがついた、蓮くんの鞄。

 そのキーホルダーの中に、ひとつだけ、ちゃんとタコだと判別できるキャラクターのキーホルダーがあった。

 ——あれと、まったく同じだ。

 胸がなる。ざわざわと、心の中が揺れ始める。

 ……付き合ってることを、唯一公表したがった、男の子。

 井上さんの元彼って、まさか……。

「はー、優馬と付き合ってること公表したいなー。ま、本人が嫌がるからしないけどね」

 胸が疼いて、破裂しそうだった。





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・本当はみんなと仲よくしたいのに、わざと嫌われるように振舞ってる◯
・本当は聞いてほしいのに、自分の本当の気持ちを話さない◯
・本当は笑いたいのに、笑顔の作り方がわからない◯
・本当はつらくてたまらないのに、人に頼ることができない◯
・幼馴染が亡くなってしまったことを、ずっと引きずってる
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