死んでも推したい申し上げます
迷子のキョンシー

ローズマリーが崩れた脚を治すまでに、たっぷり三時間かかった。

死人青年からの迷子発言を聞いた時、何ぶんパニックの余韻で気持ちの整理が付かなかった。
三時間かけてやっと「この感情の昂りは片付けられないから一旦置いといて、彼の質問に答えよう」という結論に達した。
ゾンビ含むモンスターは総じて長命(死んでいるが)のため、時間の使い方が贅沢だ。

死人青年の顔から剥ぎ取ったボロボロのお札については、そのまま返すわけにもいかないため、こっそりドレスの下のパニエの中へ押し込み隠してしまった。

墓地の土と崩れた脚を一緒に捏ね、体を再形成する。形を整えるのにコツがいるが、元来手先が器用な上、100年も呪いの人形群を作って過ごすローズマリーには慣れたもの。

青年は、そんな様子でみるみる復活していく彼女の半身を不思議そうに眺めていた。

「……と、取り乱してっ、ごめんなさい…。
この辺りにわたくし以外の誰かがいるなんて、ビックリして…それで……モニョモニョ…。」

語尾が濁る。
無理もない。100年間まともに人と会話などしなかったのだから。
照れ隠しで脚を捏ねくり回す姿はなかなかシュールなものだ。


ローズマリーは基本的に自分の手元に視線を落としているが、チラッチラッとしきりに青年の方を盗み見る。
起き上がった彼を改めて見ても、溜め息が出るほどに好みなのだ。陶器に似た青白い肌など、思わず見惚れてしまう。
髪色や顔立ち、服装を見るに、東洋人だろうか。

「あ、あなたを見たのは、初めてですわ…。」

付け加えるなら、こんな美男一度見たらそうそう忘れるわけがない。

答えを聞いた青年は、特段ガッカリする様子もなかった。

「そうですか。
どうやら、私は道士(どうし)と逸れてしまったようだ。」

「……ドウシ?」

ローズマリーは困惑気味に小首を傾げる。

「道士は、私の主人です。
仕事で中国大陸から英国へ渡ってきたのですが、いつの間にか私だけがこの墓場に残されていたのです。」

「チュウゴク……あ、チャイナのこと。」

彼は中国出身のようだ。

箱入り娘のローズマリーは生まれてこの方、英国外へ出たことがない。墓場の生ける屍となってしまった今、一層外出など考えられないことだが、文献や人伝に聞いた話によるととても広い国で、英国の何倍もの人が住んでいるらしい。
それだけ人の多い国なら、彼のような麗しの死人が存在するのも頷ける。

一人頷く彼女へ青年はこう声をかけた。

「そう言えば、初めまして。
私は肉桂(ニッケイ)といいます。
中国の殭屍(キョンシー)という妖怪です。」

彼…肉桂があまりにサラリと自己紹介をしたことに、ローズマリーは思わずポカンとする。朽ちかけの脳味噌が情報を処理し始め、処理が終わった頃には、

「…ギャ!し、失礼しましたわ!!」

聖歌隊並みに声を張り上げ、治したばかりの脚でその場に素早く直立した。

ーーーわたくしとしたことが、人様を3時間も放置した挙句名前も名乗らないなんて!レディ失格…いや、人として終わってますわ…!!

実際“人”は終えている。

視線を泳がせながらもなんとか青年の顔を見て、指でボロボロのドレスを広げ、彼女は恭しくお辞儀をして見せた。

「……は、初めまして。わたくし、ローズマリーと申しますわ。
…墓場に住む、ゾンビですの。」

自分で「ゾンビ」と口にした時、なかなかの恥ずかしさと情けなさを覚えた。
が、

「よろしく。ローズマリーさん。」


肉桂の抑揚のない声に名を呼ばれた時、ローズマリーはそんな恥など忘れてしまった。

ーーーローズマリーさん。

ーーーローズマリーさん。

ーーーローズマリーさん……。

落ち着きある好みな声に名を呼ばれたことはもちろん、100年ぶりに誰かに名前を呼ばれたことに感激を覚える。
脚どころか顔まで自壊しそうなのをグッと堪えて、彼の声を頭の中でエンドレスリピートしていた。


突然黙って悶え始めたローズマリーを訝しむこともなく、肉桂はマイペースに話を続ける。

「ローズマリーさんはゾンビなんですね。
私も似たような存在です。異国の仲間に出会うのは初めてです。」

「……で、でも…あんまり似てませんわね。
あなたはとっても綺麗だけど…わたくしは、こんな……すぐ、崩れちゃう、グズグズの体で…。
えへ…。」

彼女の100年のコンプレックスを素直に口にしてみたが、言葉にするとさらに自分が情けなく思えてしまう。
ヴェールを引っ張って顔面を隠しながら、誤魔化すように笑って見せた。

そんな彼女を、肉桂はじっと見つめる。

「先ほど、体が欠けてもすぐに自分で治していましたね。素敵な才能だと思います。
ローズマリーさんは手先が器用なんですね。」

先ほどの脚の再形成に、いたく感心していたようだ。


肉桂の真っ直ぐな言葉を受け、ローズマリーはヴェールを通して、彼の顔をポーッと見つめてしまう。
誰かに褒められたのなんて、いつ以来だろう。

「……ギャワ、ギャワワッ…!」

次第に、肉桂の顔がまともに見られなくなっていった。
明らかに顔が熱い。火でもついたかと思うほど。

「……ギ!?
わ、わたくし、何か、ヘン…!!」

鏡を見なくとも分かる。ヴェールで隠した顔面が、右半分からボロボロと自壊し始めている。

ーーーこんなみっともない姿を見せるわけにはいかない!!

ローズマリーはくるっと踵を返すと、肉桂をその場に残して、風のごとき速さでその場から逃げ出した。

墓場の安置・霊廟を目指して。

「………。」

置いてけぼりを食らった肉桂は、秒で走り去った彼女の後ろ姿を見つめるばかりだ。
ずっと同じ、眠そうにも見えるぼんやりとした目で。
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