死んでも推したい申し上げます

無事墓場へ到着した肉桂は、死後硬直のように動かなくなってしまったローズマリーを、優しくその場へ立たせた。

幸い、脚の機能は正常らしい。
ローズマリーは自分の脚でちゃんと地面を踏みしめたが、熱に浮かされたような顔は今にもどこかへ飛んで行きそうだ。

「驚かせてしまい、失礼しました。
それでは。」

それだけを言い、肉桂は踵を返してしまった。

「……あ!」

ここを去ってしまう。
そう気付いたローズマリーは慌てて、彼の長い袖をつまんで引き留める。

「お、お待ちになって!」

「はい。」

待てと言われると、肉桂はアッサリとその場に留まった。

「あの、なぜここに…?
道士…様に、会いに行かれたのでは…?」

もしかして自分に会いに?密かにそんな期待をしたが、肉桂の理由は別にあった。

「この辺りで大事なものを失くしまして。ずっと探しているのですが、未だに見つからないのです。」

三日も。そう語る肉桂には焦りも、疲弊した様子もない。ずっと淡々と無表情のまま探し続けていたらしい。
顔には出さないが、よほど大事なものなのだろう。

「…良ければ、わたくしも探すのをお手伝いしますわ!どんなものですの?」

ここで手伝わないなんて不義理もいいところだ。ローズマリーは役に立ちたい一心で申し出た。

そんなローズマリーの親切に対して、肉桂は非常に都合の悪い答えを返してきた。

「ローズマリーさんとお会いした日に、私の額に貼られていた“符(ふ)”です。」

「!?」

ローズマリーの視線がとっさに、自分のパニエの方へ向く。その中には、彼女の歯に食い破られボロボロになった、符らしき紙切れの残骸が詰め込まれている。
初対面でいきなり襲い掛かり、大事なものを剥ぎ取った上、下着の中に仕舞い込んだのだ。

レディとして人として、正直に言えるわけがない。

「…あっ、へ、へえぇ?
残念ですがっ、わたくし何もっ、見ていませんの…!!」

体が縦に振動し、視線がそこらじゅうを泳ぐ。明らかな動揺っぷりに対して、肉桂はぼんやりした眠そうな目のままだ。

「そうですか。
あれには道士からの重要な命令が書かれていたんです。あれがないと私達キョンシーは、頭空っぽのアホになってしまいます。」

「アホ…。」

話の内容はかなり深刻だが、当の本人は他人事のような口ぶりだ。
据わった目、淡々とした口調。どうやら肉桂のマイペースの化身のような素振りはすべて、符を失ったことによる『頭空っぽのアホ』状態のようだ。

ーーーあぁでもそんな気怠げな姿も素敵ですわ…!

悲しいことに頭空っぽのアホがもう一人。


「…わ、わたくし、毎日あの雑木林を歩いてるのでっ、もし見つけたら拾っておきますわ…!」

親切な言葉をかけながらも、胸中は『どうやって疑われることなく紙切れの残骸を復元するか』ばかりを考えていた。

「ありがとうございます。ヒグマには気を付けて、よろしくお願いします。
ローズマリーさんは親切ですね。」

「……アウッ…!」

ーーーローズマリーさんは親切ですね。

ーーーローズマリーさんは親切ですね。

ーーーローズマリーさんは親切ですね…。

三日前だったら感激必至なのに、今のローズマリーには罪悪感をゴリゴリ削る言葉となった。
平常通りの肉桂の無表情でさえ、今はなんだか責められているように感じてしまう。


「そうだ。ローズマリーさん、これを。」

「?」

ふいに肉桂が、丈の長い袖の中からあるものを取り出した。
手の平に収まるくらい小さいボールのようなもの。

よく見ようと左目を近づけると、

「あっ!」

ローズマリー自身の、ブルーの“右目玉”と目が合った。
今日まさに探し回っていた無くし物である。

幸い、目立った傷も無い。ローズマリーがあの場を逃げ出してすぐ、肉桂が拾ってくれたのだろう。

「三日前、ローズマリーさんが去った後に落ちていたもので、大事なものかと思い、拾ってしまいました。お探しでしたか?」

「…肉桂様……。」

凶暴なヒグマから救ってくれたばかりか、大切な体のパーツを取っておいてくれるなんて。
また心臓の鼓動の錯覚がする。

おずおずと手を出し、彼の冷たい手の平から、目玉を受け取る。
装着シーンをハッキリ見せないようヴェールで隠しながら、受け取った目玉を右の眼窩に嵌め込んだ。

二、三度パチパチ瞬きすれば、目玉は安定し眼窩でくるんと回る。
安心して、嬉しくて、ヴェールで顔右半分を隠すことも忘れて、

「あ、ありがとう。感謝しますわ。」

照れ臭そうに、肉桂に向かって笑いかけた。


「……っ!」

肉桂の無表情が、僅かに“驚き”の色を含んだ。

ローズマリーが頑なに隠していた、グズグズに朽ちた顔の右半分を目の当たりにしてしまったからだろうか。
彼の変化にローズマリー自身もすぐに気付き、慌ててヴェールを引っ張って覆い隠す。

「ごっ、ごめんなさい!お見苦しいものを…!ウゥ…。」

「いえ…。」

肉桂の顔がまた元の眠たそうな無表情へと戻る。
目線を逸らし、何かを考えるような間が空いたあと、

「ローズマリーさん、私はもうしばらくこの雑木林に滞在します。符を見つけたいですし、道士も私を探しに来るかもしれないので。
時々、墓場のローズマリーさんを訪ねても構いませんか?」

「えっ!」

それはつまり、もうしばらく彼に会える日が続くということ。
そうなったならどんなに良いか…と願ったことが現実になった。ローズマリーは感激のあまり言葉を失う。

「迷惑でしょうか?」

「とんでもないっ!う、嬉しい、ですわ!
…わたくし、三日前に肉桂様にお会いしてからずっと、あなたに…っ、」

ーーー夢中で仕方がないの!

興奮のあまり口が滑りそうになったのを間一髪のところで飲み込み、代わりにもっとマイルドな言葉を贈る。

「……おともだち、に、なっていただきたかったの。」

親しくなりたい…傍にいたかったのは本心だ。
肉桂は無表情を崩すことはなかったが、相変わらずの優しげな声で答えてくれた。

「ありがとう。
よろしく、ローズマリーさん。」

かくして、ゾンビのローズマリーとキョンシーの肉桂は、奇妙な友達となった。
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