【本編完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

第1話 令嬢は残酷に突き放される

「ソフィ・ルヴェリエ! 地味で俺に釣り合わない貴様とはもう婚約破棄する!」

「エミール様?! なぜ急にそのようなことを仰るのですか?!」

「私はどうやらあの高貴で美しいマルベール侯爵令嬢から好意を抱かれているようでな。その純粋な『想い』に男として応えねばならないのだ!」


 骨董品を多く飾った煌びやかなエミールの自室に、高らかな声が響き渡る。
 ソフィは婚約者の浮気という裏切り行為とも言える発言で、失意のどん底に突き落とされる。
 唇をかみしめ、小刻みに震えるソフィ。

 そんなソフィの様子を気にすることもなく、憧れの侯爵令嬢から求愛されたということで、エミールは鼻を高くして誇っている様子だった。
 マルベール侯爵家といえば、宝石などの装飾品の貿易を生業(なりわい)としており、王族からの信頼も厚い。
 さらにマルベール侯爵家の令嬢であるリュシーは、ブロンズの艶めく髪と蒼い瞳が特徴の美しくて世間からも一目置かれている存在だった。
 そのリュシーから求愛されたとエミールは言う。


 二人の婚約のきっかけは、よくある親同士が決める政略結婚だったが、ソフィは互いに愛を育みあっていると思っていた。
 ソフィはエミールの外見ではなく、人柄を愛そうとしていたし、少しドジでおっちょこちょいなところも可愛いとさえ最近では感じていたところだった。

 しかし、将来を添い遂げる予定の婚約者を愛す努力をしていたのはソフィだけであり、エミールにソフィを愛する気はなかった。
 その証拠に、爵位が上で皆が認める高嶺の花であるリュシーからの好意を感じたエミールは、いとも簡単に伯爵令嬢である婚約者のソフィを今まさに捨てようとしている。

 さらに追い打ちをかけるように、エミールはソフィの装いや趣味、性格に至るまで嘲笑した。

「前からお前のその地味なドレスが気に入らなかったんだよ。もっと綺麗に着飾るべきだろう! それに趣味はといえばしょーもない本を読むしかない。いい加減お前には飽きが来てたんだよ!!」

 右手を挙げて高らかに演説するように堂々と語るエミールに対して、胸の前で大事に抱えた本をソフィはぎゅっと握り締める。


(そんな風に思っていたのね、エミール様……。はじめから……私たちの間に愛は存在しなかったのね……)


 確かに思い返せば、いつもソフィが贈り物をあげても、エミールは中身を開けることすらせずにそのまま机の上に放置していた。

 ソフィが昨晩見た楽しい夢の話をしていても、エミールは窓の外から見えるメイドを見つめながら聞き流すだけ。

 挙句の果てには、ソフィは母親からもらってとても大事にしていた本を、自分の機嫌が悪いからという理由だけで床に投げて踏みつけた。


 ソフィの中で、婚約者として冷たく扱われた10年間が思い出され、胸を締め付ける。


(そうね……、こんな辛い想いをするくらいならいっそ……)


 ソフィは俯いた顔を上げて、エミールの目をしっかりと見つめながら告げた。


「エミール様が仰るのなら、婚約破棄のお話、謹んでお受けいたしますわ」


 そういって、決意を胸にエミールの部屋を出ていくソフィ。


(きっとこれでよかったのよ……)


 涙をこらえながら、玄関へと歩き出したソフィだった。

 ソフィの耳には、憧れのリュシーとの婚約に想像を膨らませながら上機嫌に歌うエミールの鼻声が届いていた──





◇◆◇





(はぁ……お父様とお母様になんてお伝えいたしましょう……)

 エストレ家から帰宅したソフィは父と母に婚約破棄のことをどのように伝えるか悩んでいた。


 もともと一人娘であったソフィは、父と母からとても愛されて育った。
 さらにソフィの物腰柔らかく、素直で優しいところが家のメイドや執事たちにも大変好かれていた。

 ところが十数年前、ソフィが7歳の頃、天候不順による作物の不作によってルヴェリエ伯爵家の領民は飢えに苦しんだ。
 その際に伯爵家が身を削って領民を助けたことにより、領民はルヴェリエ伯爵家に大変感謝し、伯爵は民に慕われる立派な領主になったのだが、問題はここからだった。

 伯爵家自体が財政難に陥ったのである。
 泣く泣くソフィの両親は屋敷に仕えるもの数十人をリストラし、家を守った。
 そんな時に助けを差し伸べたのが、古くから付き合いの深かったエストレ子爵家であった。

 ルヴェリエ伯爵家でリストラされたメイドや執事たちを雇い入れ、伯爵家には金銭的支援をおこなった。

 結果、ルヴェリエ伯爵家はその支援金をもとに農業の発展に力を尽くし、伯爵家領内で採れたブドウを使ったワインは王族に献上されるほどの代物になった。
 そしてこの成功と発展、両家の益々の固い絆の証としておこなわれたのが、ソフィとエミールの婚約だった。


(両家の友好の証である婚約が破棄されたと知ったら、お父様とお母様はどれだけ悲しまれるでしょう……)

 大きな不安を抱えながら、ソフィはディナーの席につく。

 テーブルには前菜が並べられ、ソフィは浮かない顔でナイフを入れる。
 その様子を見て不思議に思ったのか、ソフィの父が一口ワインを口に入れた後にソフィに話しかける。

「ソフィ、浮かない顔だね。どうしたんだい?」

「……いえ、なんでもありませんわ。少し食欲がなくて」

 それを聞いたソフィの母が、目を丸くして早口に言う。

「まあ! いけませんわ! 今日は早くお休みなさい」

「ええ……、ありがとうお母様」


 メインの魚のムニエルが運ばれてきた頃、ついにソフィにとって恐れていた問いかけが来る。

「そういえばソフィ、今日はエミール君と会ったのだろう? 仲良くしておるか?」

 満面の笑みを浮かべて聞く父に、ソフィはつい表情が硬くなってしまう。

「え、ええ……そのことなのですが……」

 ソフィの良い返事を聞けるとワクワクしている父と母に向かって、残酷な(しら)せをしなければならないことに胸が痛むソフィ。
 意を決してソフィは父と母に婚約破棄をしたことを告げる。

「エミール様から婚約破棄を言い渡されました。お父様とお母様のご期待に添えず、そして両家の友好の証をこのような形で踏みにじってしまったこと、大変申し訳ございません」

 ソフィの言葉を聞き、信じられないとばかりの表情を浮かべるソフィの両親。

「理由は聞いたの……?」

 母が恐る恐るソフィに理由を尋ねる。

「わたくしがエミール様にふさわしい人になれなかったのです。お父様とお母様には大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」

 エミールから告げられた本当の理由をソフィは両親に言うことができなかった。
 そして、自分の娘のあまりの悲しそうな表情に、両親もそれ以上何も聞くことができず、ディナーは終わりを迎えた。





◇◆◇





「ソフィが婚約破棄された?!」


 ルノアール公爵家の令息、ジルは執事からの連絡に声をあげた。

「すぐに馬車の準備を!」

 ジルは支度を済ませ、足早にソフィの実家であるルヴェリエ伯爵家へ向かった──
< 1 / 18 >

この作品をシェア

pagetop