【完結】厭世子爵令嬢は、過保護な純血ヴァンパイアの王に溺愛される

第14話 家出した先に

 グラーツ邸を飛び出したエリーゼは裸足で森にたどり着いていた。

「この森、なんだか最初に襲われた日みたい」

 先ほどラインハルトから語られたからか、自分の脳裏に幼き頃ヴァンパイアに襲われた日のことが鮮明に思い浮かぶ。
 だいぶ歩いたせいか、この気候のせいで薄着のエリーゼを寒さが襲う。

(寒い……)

 両手をこすり合わせて温度を上げようとするもうまく上がらない。

「寒い……」

 その呟きは何に向けられた言葉だろうか。
 すると、寒さで意識を失いそうになるエリーゼの前に手を差し伸べる人物が訪れた。

「大丈夫ですかっ?! 私に掴まってください!」

 エリーゼの身体を抱きかかえて、森の中を出て行く。

(助けてくれるの……?)

 誰かの腕に抱えられながら、エリーゼはそこで意識を失った。



 次にエリーゼが意識を取り戻した時、彼女は山小屋のような木で出来た家のベッドの上でいた。

(ここは……)

「起きましたか?」

 声の主のほうに目を向けると、そこには短めの黒髪で素朴そうな30代くらいの男性がいた。

「ええ、ここは……」
「私の家です。女性を了承なしにお連れして申し訳ないのですが、森の中で倒れていたものですから放っておけず……」
「そうですか、助けていただいたのですね。ありがとうございます」

 男は暖炉に木をくべると、近くにあったキッチンでスープをよそう。
 その後ろ姿を見ながら、エリーゼは安心した。

(彼は人間だ、よかった……)

 本来人間だから良い悪いというものではないが、エリーゼの中でヴァンパイアに襲われた経験からそのように第一印象を持ってしまった。

「たいしたものは入っていませんが、これであたたまってください」
「ありがとうございます」

 男はスープとスプーンを差し出した。
 すくって見てみると、中にはきのこや野菜を中心とした具が入っている。

(とてもほっとする味……)

「寒かったら仰ってください! すぐに温かくしますので」
「ええ、本当に助かります」

 男はゆっくりとドアを閉めると、階段を降りて用事をしにいった。

(あたたかい……なんだか昔を思い出すわ)

 ランセル子爵家にいた頃の家族団らんの姿を思い浮かべて、エリーゼはうっすらと涙を浮かべる。

(私に【ヴァンパイアの王妃】は重すぎたのかもしれない……)

 そう思っているうちにエリーゼは視界のぐらつきを感じてきた。

(あれ……まだスープも半分しか飲んでいないしお腹が空いているのに……なんで……眠くなるの?)

 エリーゼはスープの器を床に落としてしまう。
 持っていた腕はだらりとベッドから落ち、そのまま崩れ落ちるように倒れて意識を失ってしまった。

 その様子を男はじっと見つめていた──



◇◆◇



「ラインハルト様っ!」
「エリーゼは見つかったか?」
「それが……元老院から、エリーゼ様の身柄を預かった、との連絡が」

 それを聞いた途端に部屋の明かりがバチッと音を立てて消える。
 ぐしゃっと握り潰されたペンの先がラインハルトの手に刺さるが、彼が何事もないかのように表情を変えない。
 クルトは暗闇の中で鮮やかな血の如く光る、ラインハルトの真紅の瞳を見つめて恐れおののいた。
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