S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす

 桜の木が瑞々しい新緑に変わった四月下旬、あっという間にその日はやってきた。

 ラヴァルさんは午後六時にやってきて、そのまま夕食をお出しする流れになっている。ここにはエツも同席するらしいので、ものすごく安心感がある。

 今回、主に対応するのは両親なのだが、ロビーで彼を待ち構えている今、珍しく緊張しているようだ。


「この宿に政界人がやってくるのはいつぶりだろうな……」
「しかも海外のお客様だなんて。身が引きしまるわね」


 大旦那として着物に羽織を纏った姿で待つ父の呟きに、背筋をピンと伸ばす母が続いた。

 エツがこの件を持ちかけた時からとてもやる気になっている母は、玄関の扉越しに日が長くなってきた外を眺めて呟く。


「またここが昔みたいに繁盛するきっかけになるといいけど」
「そうなったらエツに感謝しないとね」


 ふたりの反応が見たくて口を挟むと、彼らは同時にこちらを振り向いた。母はバツが悪そうに小さく笑うが、父はいささか不満げな顔をしている。

 エツは下見をしにここへやってきた時も、父にケンカを売っていた。打ち合わせの最後に、いつもの不敵な笑みを浮かべてこう言ったのだ。
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