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「これ、さっき買ってきた。あとで塗ってあげて」

 旭が差し出してきた軟膏を受け取って、駿介は小さく息を吐く。
 こんなもの、ただの気休めにしかならない。カッターで作る自傷行為の痕とは違い、ひとつひとつの傷が肉を抉るように太い痕を残していた。

 旭の車を降りるときに千真が呻き声を漏らし、どうやら脇腹を痛そうに押さえたので、なんの気なしに服を捲って、後悔した。せめて、旭のいないところで捲ってやればよかった。そうすれば、旭に痕を見られることもなかったのに。
 千真の腹部を見た駿介と旭は、言葉をなくした。腕も相当ひどいと思ったが、それ以上の痕が、千真のつらさを訴える。仕事を辞めたいと思っても、無理はない。

「社長には連絡した。明日、ふたりには退職勧奨を出す」

「ぬるいな」

「仕方ないだろ。証拠がない以上、強制はできない」

「……証拠か」

「言っとくけど、おまえがなにがしようとするなら、俺はなにがなんでもそれを止める。これ以上、賀永さんを苦しめるな」

 ここで千真の名前を出されたら、駿介にはそれ以上、なにも言えない。
 ちっ、と舌打ちをして、駿介は部屋へと足を向けた。

「駿介」

「……なんだよ」

 駿介は立ち止まり、旭を向く。

「おまえは今、平社員なんだ。役付でもなんでもないんだから、勝手なことは許されない」

「わかってる」

「いっそのこと、副社長に戻ったらどう? 社長も、それを望んでるみたいだったけど」

「俺には向いてないから、今のままでいい」

「駿介」

「今度はなんだよ」

 背を向けた駿介の肩に手を置いて、旭は言いづらそうに頭を掻いた。

「頼むから、今日はもう、賀永さんに手は出さないで。俺、眠れなくなりそうだから」

「……努力する」

 努力でどうにかなるようなものでもないとは思うが、とりあえずそう返事をして、駿介は部屋のドアを閉めた。
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