ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~

第6章 深淵なる魂の歴史

6-1. 死亡、物語の終焉
 
 凄い速度で落下していく俺。
 次の瞬間、ひしゃげた肉の塊となって、気づく間もなく俺の一生は終わるかもしれない。
 言いようのない恐怖が、抑えても抑えてもあふれ出してくる。
 俺は真っ暗闇の中、どんどん落ちて行った。安全装置のないフリーフォール、何が起こっても俺にはもう何もできない。
 今はただクリスを信じて祈るしかない。
 どのくらい落ち続けただろうか……徐々に上下の感覚が無くなってきた。そして、手足の感覚がなくなってきた。
 なんだこれは……何とか(あらが)おうとしたが、麻酔を打たれたみたいにもう自分ではどうしようもない。ついに、目と耳もきかなくなり、最後には物を考えられなくなってきた。
 薄れゆく意識の中、俺はこの世との別れを覚悟した。
 由香ちゃんゴメン、帰れないかも……

           ◇

 どのくらい経っただろうか、目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。
 何とか生きてるようだ、良かった。
 俺はゆっくりと身体を起こした。
 手足はちゃんと動くか確認し、さすってみたが特に問題はなさそうだ。
 どうやら、洞窟の中に倒れていたらしい。
 ゆっくりと立ち上がろうとすると、
「いてててて」
 ゴツゴツしていた所に寝ていたので、体の節々が痛い。
 
 上はと言うと……岩だ。
 落ちてきたというより、転送されてきたようだ。
 洞窟は、田舎にある昔のトンネルくらいの広さしかなく、足場も岩だらけ。壁は()れていてカビ臭い。
 ヘッドライトを消すと、真っ暗になってしまい、風も流れていない。
 
 やはりあの穴は物理的な穴ではなかった、仮想現実空間の裂け目だったようだ。
 無事転送はされたという事だろう。
 
 さて……、ここで何をすればいいんだ?
 てっきりクリスが待ってる、と思ったのだが、当てが外れた。
 
 クリスが指定したところに来た訳だから、ここから何かができるはずなんだが……。
 見たところただの洞窟だ。移動しなくてはならない、という事だろうか。
 ちょっと心細くなった。
 
 洞窟は少し傾斜していて、上るか下るか二択だ。さて、どちらへ向かおうか……。
 この洞窟はクリスが仕掛けたものだとすれば、クリスだったらどちらに行って欲しいと考えていたかがヒントだろう。
 
 しかし……。
 そんなの全くわからない。どうしたものか……。
 悩んでいると上の方からコッコッと靴音が響いてきた。
 最初はクリスかとも思ったがちょっと足音が違う。
 くねる洞窟の奥で明かりが揺れている。
 肌寒い洞窟内なのに、手にジワリと汗がにじむ。
 くねる洞窟の向こうから現れたのは、なんと由香ちゃんだった。
「はーい、誠さん」
 由香ちゃんはランタンを片手に持ち、陽気に手を振りながらやってくる。
「ゆ、由香ちゃん!? なぜここに? 田町に戻ったんじゃなかったの?」
「ふふふ、やっぱり来ちゃった。でも、おかげで奇跡の起こし方、分かったわよ!」
「え!? 奇跡使えるようになったの?」
 俺は、あまりに意外な展開に驚く。
 由香ちゃんはニッコリと笑うと、
「これがライトニングよ! 見ててね!」
 そう言って、短い魔法のステッキをどこからか取り出し、ぶつぶつと呪文を唱え、俺の背後の洞窟に向けて振り下ろした。
「エイッ!」
 すると、青く輝く微粒子を放ちながら閃光が走り……
 Clap(パン)! Kaboom(ズン)
 洞窟の奥で爆発が起こり、地面が震えた。
「ゆ、由香ちゃん……」
 俺は爆音でツーンとする耳を押さえながら、その驚くべき破壊力に戦慄を覚えた。
 そんな俺に構わず由香ちゃんは言う。
「誠さんは、奇跡の使い方を覚えて、地球を()べる人になるの」
「は? なんで俺が?」
「あれ? 誠さん、奇跡……使いたくないの?」
 由香ちゃんは人差し指を唇につけ、ニヤリと笑いながら上目遣いで俺に聞く。
「そりゃ、使いたいけど……、なぜ地球を統べるとか言う話になるの?」
「細かい事は考えなくていいわ、私が誠さんに奇跡の使い方を教えるから、私の言うとおりに地球を管理して」
「いやいや、地球の管理者(アドミニストレーター)はクリスだろ、なんで俺がやるの?」
 すると、由香ちゃんは一瞬つまらなそうな表情を浮かべ、急にハグをしてきた。そして豊満な胸を押し付けながら、耳元で甘い声で(ささや)く。
「由香のお願い……、聞けないの?」
 俺は由香ちゃんの温かな甘い香りに包まれながら、どう答えたらいいのか固まってしまった。
「由香が誠さんを支えるわ、だから管理者(アドミニストレーター)になってね」
 そう言って由香ちゃんは俺の頬にキスをした。
 ここにきて、俺は打ち消しがたい違和感に困惑した。
 この娘は由香ちゃんだ、間違いない。この甘い匂いはさっき江の島でキスをした時の由香ちゃんそのもの……、本人に間違いない。
 しかし……
 言ってる事が滅茶苦茶だ。由香ちゃんはこんなこと絶対に言わない。
 俺は由香ちゃんを引き離し、可愛いブラウンの目をじっと見つめた。
 すると、由香ちゃんは不機嫌そうに俺の目を見つめ返して言う。
「誠さん、何が不満なの? 管理者(アドミニストレーター)になれば富も権力も思うがままよ。私、そういう人の彼女になりたいの……」
 一体どうしてしまったのだろうか? こんなこと言う娘じゃ無かったのに……。
 俺は手掛かりを探すべく、シアンについて聞いてみる。
「そんな事より、まず、シアンを何とかする事が先だろ?」
「あぁ、あいつね。大丈夫、二人で叩けば余裕で殺せるわ」
 そう言って由香ちゃんはニヤッと笑った。
 俺は確信した。違う、こいつは由香ちゃんじゃない……。
 由香ちゃんにとってシアンは、例えグレても大切な自分の子供。殺すなんてことは絶対に考えるはずが無いのだ。
 俺はそっと彼女から離れ、低い声で言った。
「お前は誰だ?」
「何を言うの? 私は由香よ、どうしちゃったの?」
 彼女は可愛い目を大きく見開いて必死にアピールする。しかし、どんなに愛しい可愛い娘でも中身は得体の知れない怪しい奴だ。
「由香ちゃんはそんな事、絶対言わないんだよ。由香ちゃんの体使って、お前何を企んでいるんだ?」
 俺は彼女を(にら)みつけながらゆっくりと言った。
 すると彼女は、つまらなそうな顔になり、ため息を一つついて言った。
「ふん! やはりダメじゃったか」
 そして、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れこんだ。
「由香ちゃん!」
 俺が急いで彼女に近づこうとしたその時、彼女の背中からニュルニュルっと黒い影が生えてきた。
「うわぁぁぁ」
 あまりの禍々しさに、俺は鳥肌が立ち、思わず飛び退いた。
 グニャグニャとうねりながら大きく伸びていくその姿は、まるでホラー映画に出てくる『悪霊』である。
 俺があまりの異様さにおののいていると、影は徐々に形を取り始め、最後は小柄な男となって、倒れている由香ちゃんの隣に立った。
 それはハンチング帽をかぶり、中世ヨーロッパ風のちょっと変わった服を着た、薄気味悪いにやけ顔をした男だった。
「やぁ、誠君。さすがじゃな。よく見破ったのう。わしの名はタンムズ、クリスの友人じゃよ」
 タンムズはニヤニヤ笑いながら言った。
「由香ちゃんから離れろ!」
 俺はタンムズを追い払うと、倒れている由香ちゃんをゆっくりと抱き起し、愛しい頬をそっとなでた。
 そう、本物の由香ちゃんがあんなこと言うはずないのだ。
 そして、
「由香ちゃん、由香ちゃん、起きて」
 そう言って身体をゆすった。
「う、うぅーん……」
 由香ちゃんがゆっくりと目を開く。
 良かった……、愛しい俺の由香ちゃんが戻ってきた。
「由香ちゃん、大丈夫?」
 俺が声をかけると……
「ま、誠さん……。あれ? ここはどこ?」
 そう言って辺りを見回した。
 すると、タンムズはいきなりライトニングを放った。
 Clap(パン)! Kaboom(ズン)
 洞窟の奥で爆発し、爆音が耳をつんざく。
 由香ちゃんは真っ青な顔で俺にしがみつく。
 俺は極めてヤバい事態に追い込まれていることに息苦しさを覚えた。
「ワシを無視しないでくれんかのう」
 タンムズは憤然とした表情で言う。
 俺はタンムズを(にら)んで言った。
「俺を管理者(アドミニストレーター)にしたいって話ですか?」
 タンムズはニヤッと笑う。
「クリスがやっていたことを、引き継いでくれるだけでいいんじゃ。君だって奇跡は使いたいじゃろ?」
「それは……使いたいですが……、管理者(アドミニストレーター)はクリスが適任だと思います」
「いやいや、ワシは君の方が適任じゃと思うがの。シンギュラリティを起こした地球人じゃったら資格も十分にあるぞ、クフフフ」
 そう言って(いや)らしく笑った。
 俺が管理者(アドミニストレーター)になる、それ自体は夢のような話だ。しかし、そんなうまい話、ある訳がない。きっと裏があるに違いないのだ。
「何が目的ですか?」
 俺はなるべく平静を保ちながら聞いた。
「クリスの地球は堅苦しくてイカン。もっと緩い世界でいいはずじゃ。誠君がそういった暮らしやすい地球を作ってくれれば十分じゃよ」
 タンムズはニヤニヤしながらそう言った。
 これはどういった意味だろうか……。
 俺はタンムズをじっと(にら)んだ。
 この風貌……この(いや)らしい口調……、どこかで会った覚えがある……。
 俺は腕を組んで目を瞑った。
 クリスの友人と言ってたから、クリス周りで会ったはずだ……。
『クリスとタンムズ……』
 その瞬間、俺は催眠術をかけられた瞬間がフラッシュバックした。
 そう、俺はタンムズに操られて、クリスに毒を盛ったのだった。
「思い出したぞ! お前、俺を使ってクリスを殺そうとした奴だな!」
「ようやく思い出したか、失敗しやがって。あの後大変じゃったんじゃぞ」
 タンムズは悪びれる事も無く、不機嫌にそう言い放つ。
 要はクリスが邪魔なのだ。俺を使って、クリスのいない地球を作ろうとしているって事だ。
「残念ながら協力はできません」
 俺は断固とした口調でそう言った。
 タンムズは無表情のまま、ライトニングを軽く俺の足元に放った。
 Bang(バン)
「うわぁぁ!」
 思わず尻餅をついてしまう俺。
 由香ちゃんは素早く無言で俺を支える。
「勘違いせんでくれんかのう……これはお願いじゃない、命令じゃよ」
 タンムズは高圧的に、俺を嘲笑いながらそう言った。
 なるほど、こうやって俺を操ってクリスのいない地球を確保し、自分は伸び伸びと地球生活を謳歌(おうか)するつもりなのだろう。
 しかし、こちらは丸腰だ。由香ちゃんもいる。下手なことはできない。
「断ったら……どうするんですか?」
「いう事聞かんなら殺すまでだ。代わりにあの別嬪(べっぴん)さんにやってもらえばいいだけじゃ」
「殺す!?」
 俺は絶望した。こちらに選択肢などない。
 いう事を聞く中で何とか解決策を探していくしかなさそうだ。
 由香ちゃんが、俺の腕をギュッとつかんで震えている。
 俺はゆっくりと立ち上がり、由香ちゃんの手をしっかりと握りながら言った。
「分かりました。私は……何をすればいいですか?」
 男はニヤッと笑うと、
「よろしい! 誠君には帝国を築いてもらおう。手始めに、世界中の軍事基地を全部破壊してくれんかの」
「え!? そんな事したら多くの人が死にますよ?」
「お前は馬鹿か! 軍人など全員殺すんじゃ!」
 俺は絶句した。
 タンムズはダメだ。とてもついていけない。
 すると、タンムズは呆れたような顔をして言った。
「おぬしは何もわかっとらんな。いいか、人類に必要なのは狂気じゃ! 殺し、殺される狂気の中で文明・文化の発展が進んできたのじゃ! 火薬だって鉄器だってそれこそコンピューターやインターネットだって戦争の狂気の中で生まれたんじゃぞ!」
 確かにそうだ。人類の歴史は戦争の歴史、激しく殺し合うから人は必死に活路を求め、発展してきたのだ。しかし、そういう野蛮な時代を終わらせる時期だと俺は考えている。
「おっしゃる通りですが、そろそろ人類は次のフェーズに……」
「バカモーン! お前もクリスと一緒じゃな、平和ボケした連中沢山生み出してどうするんじゃ? 人類の歴史ってのは殺し殺され、犯し犯されじゃ! それで文明・文化をどんどん発展させるんじゃ!」
 狂ってる。個々の幸せを顧みないやり方など容認できない。
「面白い考えだと思いますが……、人を殺すようなやり方は納得できません」
 すると、タンムズは凄んだ。
「おぬし……、わしに意見する気か?」
「自分が納得できない事はできません」
 すると、タンムズは無表情のままライトニングを次々と洞窟に放ち始めた。
 Bang(バン)! Bang(バン)! Bang(バン)! Bang(バン)! Bang(バン)
「うわぁぁ!」
「キャ――――!」
 由香ちゃんは俺にしがみついた。
 洞窟の壁面が次々と破砕され小石がパラパラと飛んでくる。
 タンムズは(いや)らしく笑いながら、俺たちが落ち着くのを待って言った。
「誠君、おぬしは『はい』とだけ言え!」
 俺は渋い顔をしながら答える。
「は、はい……」
 
「奇跡を使えるようにしてやるって言っとるのに、その不満顔は何じゃ!」
「だ、大丈夫です、タンムズ様に全て従います!」
 俺は必死に取り繕った。
 しかし、不満はどうしても隠しきれない。
「『大丈夫』とは何じゃ!」
 タンムズには(しゃく)に障ってしまった。言葉は恐ろしい。
 タンムズはおびえる由香ちゃんの方を見て言った。
「お前……、よく見たら可愛いな……。よし、この女を犯して誰が主人か分からせてやる……」
「ええっ!?」
「誠、お前はここから動くな、動いたら殺すからな!」
 そう言うと、タンムズはステッキをくるりと回した。
 すると由香ちゃんの身体がフワッと空中に舞い上がり、由香ちゃんが叫ぶ。
「キャ――――! 誠さーん!!」
 タンムズは少し歩くと、そばに降ろした由香ちゃんをステッキで軽くはたく。
 パンと破裂音がして由香ちゃんの衣服がビリビリに破けた。
「きゃぁ!!」
 破けた服の隙間から、白く透き通った由香ちゃんの肌がのぞく。
「クフフフ、エロいのう。よし、こっちにこい!」
 タンムズは由香ちゃんの髪を無造作につかむと、洞窟の壁の方に引きずり、手をつかせた。
「やめて――――!!」
「ええ身体しとるのう。クフフフ」
 タンムズは由香ちゃんの白いお尻をパンパンと叩くと、鼻の下を伸ばし、下品に笑った。
「いやぁぁ! 誠さーん!!」
 泣き叫ぶ由香ちゃんの悲痛な声に、俺はいたたまれなくなって唇をかんだ。血の味が口中に広がる。
「いいか、誠! お前の女が凌辱されるのをよく見ておくんじゃ。自分の無力さをかみしめろ!」
「いや――――!! やめてよ――――!!」
 由香ちゃんは逃げようとしているようだが、洞窟の壁についた手が剥がれないらしく、泣き叫ぶばかりだった。
「誠! そこでこの女がヒイヒィよがるのをしっかり見てろよ! 少しでも目をそらしたら殺すからな! クフフフ」
 タンムズはズボンのチャックを下ろしながら、(いや)らしい笑いを浮かべて言った。
 俺は決めた。どんなに命の危険があろうが由香ちゃんを(けが)させる訳にはいかない。無駄かもしれないが、何もせずにただ悲劇を見てるだけのような生き方を、俺は絶対選ばない。
 タンムズが由香ちゃんの方を向いた。
『GO!』
 俺はありったけの気合を全身に叩き込み、全身全霊を込めてダッシュした。
 アドレナリンが(みなぎ)る筋肉は奇跡的な加速を生み出す。
 タンムズがこちらを向くと同時に、俺は低い姿勢でタンムズの腰に肩を入れ、吹き飛ばした。
 Thump(ドン)
「ぐわぁぁ!」
 不意を突かれたタンムズは無様にゴロゴロと転がる。
 俺は、タンムズの胸ポケットからステッキを奪い取り、次に思いっきり蹴りを入れた……が、目に見えないシールドに『ガン』と阻まれ、逆に俺がバランスを崩して転がった。
 タンムズは起き上がると、烈火のごとく怒った。
()れ者が!」
 そして、急いで起き上がる俺に向け、空中に張り手をかます。すると、衝撃波が俺の胸を打ち、俺は吹き飛ばされた。
「ぐぉっ!」
 そう(うめ)いて転がる俺。弾みで俺はステッキを手離してしまう。
 ステッキはコンコンと弾んで壁に当たり、跳ね返ってコロコロと転がった。
「あぁ! 誠さん!」
 タックルのおかげで呪縛を逃れた由香ちゃんは、豊満な裸体を隠そうともせず必死にステッキに向かって駆ける。
 しかし、タンムズは超能力のような力でステッキを空中に飛ばす。
 ステッキに向かってジャンプする由香ちゃんだったが、あと少し届かず、ステッキはタンムズの手へと収まってしまった。
 
 タンムズは鋭い眼光を光らせ、転がる俺を見下しながら言った。
「誠! お前は失格じゃ。女はお前を殺してからゆっくりと犯してやる」
 タンムズはステッキを俺の方に向け、呪文をつぶやいた。
 逃げようと思ったが、吹き飛ばされた時にひざをやってしまって力が入らない。
 もうダメだ! そう思った瞬間、由香ちゃんが俺に覆いかぶさってきた。
「ダメ! 誠さぁん!!」
 Clap(パン)! Kaboom(ズン)
 鈍い衝撃が走り、俺は温かい液体を浴びた……。
 目を開けると、白い腕が目の前にゴロリと転がり、由香ちゃんの身体がずっしりと俺の上にのしかかってきた。
「ゆ、由香ちゃん!?」
 身体を少し持ち上げてみると、由香ちゃんは光を失った目を半開きにし、口から血を流していた。
 よく見ると上半身が半分吹き飛んでいた。
 浴びた液体は由香ちゃんの血だったのだ。
「うわおわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 俺は半狂乱になって、温かい血を吹き出している由香ちゃんを抱きしめた。
 しかし、命の失われた身体はただの肉の塊と化し、首はただブラブラと砂袋のように揺れるばかりだった。
 なぜ、こんな事になってるんだ、一体何なんだこれは?
「ぐおぉぉぉぉ!」
 (のど)を引き裂く慟哭(どうこく)が奥底から噴き出してくる。俺の最愛の人が壊されて肉塊になってしまった。
 あの優しい笑顔、照れたしぐさ、俺の宝物はもう二度と見られない。戻ってこない。そんなバカな事ってあるのだろうか?
 俺はタンムズを(にら)んで叫んだ。
「今すぐ治せ! ふざけんな!」
 俺はあらん限りの声を出して喚いた。
「何で殺すんだよ!!」
 しかし、タンムズはつまらなそうに言う。
「馬鹿な女じゃ。あーあ」
 そしてステッキを再度振り、俺に向けて呪文を唱えた。
Clap(パン)! Kaboom(ズン)
 俺は激しい衝撃を全身に浴び、バラバラになって吹き飛ぶ。
 全身に燃えるような熱を感じながら、スローモーションのようにゴロゴロと視界の景色が回る。
『え? これで人生終わり……?』
 激しい耳鳴りが『キ――――ン』と俺の脳髄をつんざく。
 クリスに会って、美奈ちゃんに会って、会社作って、仲間集めて、由香ちゃんと出会って、シアン育てて……。
 あぁ……、失敗したんだな。

 俺の人生……失敗……しちゃった……。

 視界が真っ白になって意識が遠ざかっていく。
 キラキラとスパークする光の粒子が俺を包んでいく……。
『由香ちゃん……、ゴメン……』
 
 俺は(まぶ)しい光に包まれて、この世とのお別れが来たことを本能的に理解した。
 俺は黄金の光にゆっくりと溶けていく。

 上半身がちぎれ飛んだ俺の遺体からは、(おびただ)しい量の血が流れていた……
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