変態御曹司の飼い猫はわたしです

「突然右も左も分からない社長の息子がやってきて、偉そうに指示したって誰もついてこない。僕はそれに気付けないまま、途方に暮れていた。そんなある日、ホールの従業員が突然休むことになって、僕は代わりに働いてみることにしたんだ」

 そこに、私たち家族がやってきた。

「美味しそうに食べてくれる家族だなって、最初はそれだけだった。ただ、途中でお母様が席を離れて、『お化粧室はどちらですか』って泣きながら聞いてきて」

「お母さんが?」

「それで、ご案内したんだけど、その時に、お父様のご病気のことを聞いた」

 母は、涙した理由を恥ずかしそうに語ったそうだ。

『あの人……私の夫は、もう長くないんです。最後の思い出作りにこちらで食事をしようって夫が決めて……。夫はもちろん、娘があんなに笑ってご飯を食べてるの、久しぶりに見たら、涙が出ちゃって。こちらでお食事させていだいてよかったです。ありがとうございました』

 母と一ノ瀬さんは、お店の片隅から、私と父が笑って食事をする姿を見ていたそうだ。

「僕は、君の笑顔を見たら、たまらなくなって。すぐに従業員全員に共有した」

「あ、もしかして、それで、あのケーキが?」

 そう、あの日、私の誕生日ケーキが出てきたのだ。誕生日当日ではなかったが、スタッフの方やコックさんが沢山並んで、誕生日を祝ってくれたのを覚えている。恥ずかしかったけど、沢山の人に祝福されて嬉しくて。
 今でも、ロウソクの温かい色の炎に照らされた父の笑顔は、私の記憶に深く刻まれている。

「従業員のアイデアだったんだ。僕が相談したら、『ご家族でお誕生日が近い方がいたら、お祝いするのはどうでしょう?』って」

「ふふっ、だからひと月先の私の誕生日をお祝いしてくださったんですね」

「うん。空調の温度や料理の温度、配膳スピード、ノンアルコールのシャンパンを用意しようとか、信じられないほど皆が活き活きと動き出したんだ。それで、ここで働くメンバーは、ただ雇われているだけじゃない、ちゃんとお客様を喜ばせようと誇りを持って働いていたんだと気づいた」

 一ノ瀬さんが私を見つめる。

「そして理解した。一番大切なのは経営をうまく回すことじゃない。『お客様の笑顔』だって」

 それから一ノ瀬さんは、お客様の笑顔の為に何ができるのか、徹底的に追求する経営をしてきたそうだ。一人でなんとかしようとするのではなく、みんなの力で。
 そのおかげで、会社をここまで大きく出来たのだと言った。

「僕の心の根底にあるのは、あの日の君の笑顔だ。『あの子みたいに、誰かの人生の大切なひとときを、美味しい思い出で、笑顔にしてあげたい』と、そう思って働いてきた」
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