一途な黒川君に囚われてしまいました
知れば知るほど
翌朝、なずなと会社まで歩いていると、背後から「おはよう」と声をかけられた。

低く落ち着いたその声は、昨日一昨日とよく聞いたものだった。

振り向くと想像していた通り、黒川君が爽やかな笑みを浮かべ立っていた。

「おはよう、黒川君、今日もイケメンだね!」

なずなの普段通りの挨拶に苦笑しつつ、私も「おはよう」と挨拶をした。

「今日も二人一緒なんだね」

「そうよ。私たち仲いいもの、ねぇ美琴?」

「……うん」

もう少しでなずなと通うことは難しくなることを思うと、気持ちが暗くなる。

翌月には実家へ引っ越さなければならないのだ。

なずなには引っ越しのことも、その理由について話さなければならないことになるけれど、これまで他人に家族のことを詳しく話すことがなかったためどう切り出せばよいのかわからない。

急に実家に戻るなんて“なぜ?”と尋ねられるに決まっている。

「美琴?どうかした?」

難しい顔をしていたに違いない。

「ううん、なんでもない。暑くてぼんやりしちゃったのかも」

朝のお日様の光のせいにしてへらへらと笑った。

すると突然黒川君が、私に顔をグイっと寄せた。
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