秘め事は社長室で

なら私が彼より早く退勤できるよう頑張ればいいのだけど……頑張ってはいるのだけど、それも中々難しくて。


「副社長、面倒くさくないんですか?」


車内は基本的に無言だけど、たまにこうして自分から話しかけるくらいの余裕も出来た。
私の言葉に、涼やかな目元が私を横目で一瞥する。先を促されているんだな、と感じて続けた。


「私を送ってからご自宅まで戻るの」
「面倒に決まってる」


バッサリ。清々しいくらいの即答だった。


「あ〜……さいですか」


だから先に帰りなよって言ってるじゃん?
苦笑いしながら聞かなきゃ良かったと後悔していると、「でも」と薄い唇が震える。


「嫌ならしてない」


何も言えなかった。
からかうことも、頷くことも。


一体どういう気持ちで言ってるのよそれ、と心の中で文句を言いながらも、私は彼の横顔から目を逸らし俯いて、小さく縮こまることしか出来なかった。



副社長が来てから、朝のルーチンにほんの少し変化があった。

二人が来るよりも少し早く出勤して、社長室と、新たに設置された副社長室を軽く掃除する。
掃除の後は給湯室に移動して、社長が出社された時のための茶葉の準備と、それから──、


「天音」
「わあっ」


すっかり油断していたから、大きな声で驚いてしまった。
バクバク騒がしい心臓を抑えながら、後ろを振り向く。


「副社長、足音殺さないでくださいってば」


出社したばかりなのだろう。スプリングコートを着たままの副社長がこちらを見下ろしていた。


「コーヒー」


私の恨み言は綺麗にスルーして、拳を突き出してきた副社長。
その手には袋が握られていて、反射的に両手を差し出すとポスっと置かれる。そして私が何か言うよりも先に、副社長はそのまま踵を返した。

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