偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
3.その子犬は突然に
 計算していない行動ほど、たちが悪いことはない。なにごともなかったようにハンドルを握る倉木さんを盗み見て思う。
 さっき、思い切り匂いを嗅がれてしまった。犬同士の挨拶なのかというくらい。絶対悲惨な匂いだろうに、倉木さんは顔を離したあと嬉しそうに「千春さんはいい匂いですよ」なんて言っていた。

 そういう性癖の持ち主なの?

 人は見た目通りかといえば、もちろんそうでない人もいる。今までそんな人にもお目にかかったことはある。が、匂いフェチは初めてだ。と言いながら、自分もそれとなく倉木さんから漂うなんとも言えない香りを嗅いでしまった。匂いじゃない。香りだ。

「コロンとか……つけられてますか? 倉木さんからいい香りがします」

 私はそのとき尋ねた。けれど倉木さんは不思議そうな顔で「いえ? 特に」と答えていた。
 イケメンは汗の匂いさえもイケているのか。そんなバカげたことを考えながら「そっ、そうですか」と顔を引き攣らせていた。
 
 なんか……懐かしい香り、なんだよなぁ……

 走る車の中から窓の外をぼんやり眺め思う。

 なんだろう? うーん……

 薔薇、ではない。華やかな香りではなくて、もっと素朴な……。と思案を巡らせているとふと一つイメージが浮かんだ。
 小さい頃よく遊んだ公園。すべり台の近くには色とりどりの花が咲いていた。名前も知らないような花たち。種類もたくさんあったから全部が混ざって複雑な香りになっていた。なんとなく、それを思い出した。
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