魔法使いは透明人間になりたい




 
「恋愛は、やっぱりできないもの?」
 
 平日の夕方で人気(ひとけ)のまばらなショッピングモールを歩く。佑の「服を見たい」というお願いを叶えるためだったけれど、図らずも初デートになった。
 
 いまの佑は、もうトップアイドルでもないけれど、その容姿とスタイルの良さで、さっきからちらちらと振り返る人が多かった。特に、制服姿の女子高生。
 
 そういうのを見ると、結局佑の人生は芸能界と無縁なのは無理だったんじゃないかと思う。自分から事務所に入っていなくとも、スカウトされて結局俳優やモデルとして活動していそうだ。
 
「そりゃ俺も男だからね。クラスに好きな子がいたことくらいある。でもそれで終わり。……まぁ、メンバーにはデビューしてからでも彼女いた子もいたけど」
「うそ!」
「誰か知りたい?」
「……知りたくない」
 
 いないわけないよな、そりゃ。ただショッピングモールを歩いているだけで、こんなに見られるわけだし。
 学生時代にモテた話も聞いたことがあるし、いないほうがおかしな話だ。相当プロ意識が高いのか、ただ奥手なだけか。
 
「じゃあ、デートもはじめて?」
「そりゃもちろん」
 
 なるほど。はじめてが、わたしなのか。
 はじめてが偽物で、佑は良かったのかな。俯いて靴を見つめながら、思う。
 
「あ、笹だ」

 佑のその声に顔を上げると、七夕飾りがたくさんぶら下がった笹が飾ってあった。その周りには短冊を飾るための物干し竿のような棒が置いてあって、色とりどりの短冊をが所狭しと並んでいた。
 
「わ、かわいい。ネコになれますように、だって」
「こっちには、お金が降ってきますようにってあるよ」
 
 小さな子が一生懸命書いたような字から、大人が書いたような字まで、いろんな文字で様々な願い事が書かれていた。色々あって忘れていたけれど、もうすぐ七夕らしい。
 
「俺こういうの見るの結構好きなんだよね」
「え、わたしも」
「あはは、俺たち下衆なやつらだね」
「だね」
 
 短冊を眺める、楽しそうな表情の佑を見つめる。ステージの上のキラキラの衣装の佑も、雑誌で見るいつもと違う雰囲気の佑も、ファンクラブ動画でメンバーと騒いでいる佑も、ぜんぶ好きだ。
 
 でもいまの佑はアイドルのときとは顔つきがちがう。憑き物が落ちたというのか、穏やかで、ごく普通の大学生に見える。そんな姿でも、やっぱりわたしは佑が好きだとふと思う。
 
「どうかした、巴音」
 
 ふいに呼ばれた名前に、ドキッとした。
 いまだに信じられない。佑がわたしの名前を呼ぶなんて、隣にいるなんて。
 
「……ううん、なんでもない。わたしたちも書こうよ、短冊」
「うん」
 
 近くのテーブルから、短冊を1枚取る。
 なにを書こう。きっと今までのわたしなら、迷いなく佑に会えますようにとか、コンサート当たりますようにと書いた。でもいま、それは願っても叶わない願いだし、なにより佑はわたしの近くに存在している。
 
 そう考えると、あまり望むことはないかもしれない。
 ちらっと、隣で書く佑の願い事を盗み見た。迷う様子もなく、さらさらとペンを走らせている。
 
「できた」
「はや」
 
 少し笑って、佑はオレンジ色の短冊を見せてくれた。
 ーーMerakのメンバーの夢が、叶いますように。

 その願い事は、佑らしいと心底思った。
 メンバーが大好きで、いつだって彼らのことを想っている佑らしい。

 そんなところを見ていると、頭の中にふっと願い事が浮かんできた。
 わたしの願いは、決まった。これしかない。
 ペンを握って、ピンク色の短冊に書く。
 
『佑の願いが叶いますように』
 
 そうして書いたものを佑に見せると、驚いたように笑った。
 
「いいの?」
「いいのいいの!」
 
 棒に麻紐で結びつける。二つ並んだわたしたちの短冊がなんだかおもしろくて、写真を撮った。ただのMerakのオタクみたいな短冊だ。
 
「見て、なんかさーー」
 
 言いかけて、やめた。わたしたちの短冊の少し離れたところにある短冊を、佑はじっと見つめていたからだ。
『アイドルになれますように』。そこには、そう書かれていた。

 なんて話しかけていいか、言葉が見当たらなかった。いま、佑はどんな気持ちでその短冊を見つめているんだろう。表情からも感情が読み取れなかったし、わたしには想像もできなかった。
 
「……佑」
 
名前を呼ぶと、佑ははっとしたように振り返った。
 
「ごめん、ぼーっとしてた」
「ううん、大丈夫」
 
 やっぱり踏み込めない。
 わたしには想像もつかないことを、佑は考えているはずだから。佑の内面に、そう易々と立ち入ることなんてできない。
 
「行こっか」
「うん」
 
 イベントスペースから離れ、また歩き出す。館内放送が静かなモールに響くのを聞くともなく聞きながら、目的地もなくぶらぶらと歩いた。
 
「そういえば、連絡先教えてなかったよね」
 
 突然、佑はひらめいたように言いながら、ポケットからスマホを取り出した。
 
「……いいの?」
「なんで? 彼女なんだから当然じゃん」
 
 ほら、と急かされてわたしもスマホを取り出す。実感が湧かないまま、佑はすいすいと操作してあっという間にわたしの連絡先を登録した。
 
「はい」
 
 にっこりと笑いながら、トークルームを表示した。佑のアイコンは、イラストだった。
 
「……これ、翔平が描いたやつ?」
「そう。よく知ってるね、誕生日にくれたんだ。……まぁ、翔平くんはもう覚えてないと思うけど」
 
 佑の目が、寂しそうに瞬いた。長いまつ毛が影を落として、より一層切なそうに見える。
 やっぱり佑は、今もメンバーのことを愛している。やめた今でも。
 
「巴音は、今もMerakの活動は追ってるの?」
「見ようとは、した。友達が翔平のことを推してるし。でも、なんか物足りなくって、佑のことを探しちゃう自分がいて。……だから、いまはあんまり追ってない」
 
 いなくなるなんて思わなかった。
 こんなことになるなんて思わなかった。
 ずっとずっと、佑はアイドルでい続けてくれるのだと思ってた。
 でもそれは、ちがった。
 
「本当に俺のこと、好きでいてくれたんだね」
 
 いてくれた、なんていう言い方をするあなたが好き。
 礼儀正しくて、優しくて。
 メンバーのなかでも末っ子キャラで甘やかされてるけど、室内で帽子脱ぐときとか、言葉遣いも。
 
 それがアイドルとしての佑か、ひとりの人間として松永佑のことが好きなのか。
 
「うん。……今もだよ」
 
 それは、これから先、長い時間をかけてゆっくりと知っていけばいいんじゃないかと思う。


 
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