*触れられた頬* ―冬―
「実は桜社長様と遭遇しましたのは、高校までを過ごした父の勤務地でした。母が今でも住んでいるなら……と身勝手にも、母にすがるつもりでした。ですが母はもういなかった……其処で困っていたところを桜社長様に助けていただいたのですが、結局桜様の別邸を後にして、私が当てもなく列車で向かった先は、やはり家族が抜け殻となったあの地でした。それからその街の小さな病院で桃瀬を産み……其処から一番近い養護施設が……貴女を……置き去りにした、あの施設です」

 ──お母さんは……あたしが育ったあの街で、同じ歳の頃を過ごしたんだ……──。

 贖罪(しょくざい)の気持ちを帯びた椿の潤んだ瞳と合わせながら、モモは言葉を詰まらせ口元を震わせた。

「あんなに反発して飛び出してしまった私ですのに、桃瀬が生まれ、同じ『母』になったことを、どうしても母にだけは伝え、祝福の言葉を贈ってほしい。──そう思ってしまった私は元々疎遠だった父の実家に連絡して、母がモスクワへ戻ったことを知りました。オルロフまで電話を掛け、母は……其処におりましたが、もう会話の出来る状態ではありませんでした」

「……え?」

 モモは再び辛そうに俯いた母親の横顔へ、疑問の言葉を(こぼ)した。


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