*触れられた頬* ―冬―
「それにこの数年は慈善事業を始めて、ようやく軌道に乗ってきたところなの。お陰で友達や協力してくれる人も沢山出来たわ。昨日は貴女達に自分の脚を見せたくなくて、引きこもっているように見えたと思うけれどそうじゃないのよ。心配しなくて大丈夫なの」

「お母さん……」

 その時モモは気付いた。自分の弱さ、心細さに。

 珠園サーカスを離れて、独りになること。

 それを母親に共にいてもらうことで、いつの間にか(まぎ)らわせようとしていた。

 椿はもうお互いに自分の生活があることを主張しているのだ。

 けれど環境が変わることを受け入れられない自分が、何処(どこ)かで(すが)りつこうとしていた。

「わ、分かった……ごめんね、お母さん」

 ──こんなことじゃダメだ。こんなことじゃ……。

 それでも淋しい気持ちは隠しきれなかった。

「今はインターネットで顔を見ながら電話も出来るし、貴女のブランコに乗る姿は、ホームページで見られるのでしょ? メールもするわ。仕事が落ち着いたら日本にきっと会いに行く。貴女の演舞をこの目で見る為に──」

「それなんですが、椿さん」

 励ますように先を語った椿へ、ずっと黙って話を聞いていた凪徒が声を掛けた。

「明日、オールド・サーカスへカミエーリアと来てくれませんか? お嬢さんの舞、このモスクワで披露しますから!」

「──え?」

 ──そうだ。今はその一点に集中しよう。

 モモは自分のように絶句した椿に、大きく強く頷いた──。


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