*触れられた頬* ―冬―
「確かに初めはお二人共、なかなか近付いてはくださいませんでした。ですが私が別荘で焼かせていただいたクッキーを美味しいと召し上がってくださって、それからなついていただけたんです」

「兄も自分も、食い意地だけは張っていましたからね。そうだったかもしれません」

 刹那、凪徒と椿のこらえるような笑い声が聞こえ、モモも安堵の笑みを見せた。

 ──先輩、それを謝りたくて、お母さんに会いたいって言っていたんだ。

「それと……椿さん、一つお()きしたいのですが……」

 明るく()わされた空気が、再びピンと張り詰める。

 椿の承諾の返事の後、しばしの沈黙が続き、ややあって凪徒は言葉を繋いだ。

「モモが日本へ来ないかと尋ねた時、本当は貴女は……モモにロシア(こちら)へ来てもらいたいと、考えていたのではないですか?」

 ──先輩──?

 聞こえる凪徒の声は、穏やかで揺るぎがなく透明だった。

 どれくらいの時が経ったのだろう。

 椿の二の句はなかなか継がれないまま、モモの鼓動の響きだけが不自然な音を奏で、黒々とした辺りの静けさを波立たせていた──。


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