*触れられた頬* ―冬―
「何てこっ──」

 凪徒は突如として立ち上がり、腰掛けていた丸椅子がガタンと音を立てて転がった。

「モモは……僕こそがこの騒動の主犯であることを知ったら、失望するに違いありません。そうなれば……どんなに近くに戻ってきても、僕はもうモモの心に近付けない……だから……強引にでも、キスしたかった……一度でいいから、モモに触れたかった……」

「くっ……」

 洸騎の自嘲気味な言葉と、自暴自棄になったような焦点の合わない震える瞳を、凪徒は鋭い目つきで睨みつけていた。

 洸騎の目を醒まさせようと、両掌を勢い良くテーブルに突いて、大きな音と振動が辺りに反響する。

「だからお宅に、モモの何を見てきたんだって言ったんだっ! あいつは真相を知っても、お宅を見損なったりしない……むしろ其処まで辛い選択をさせてしまったことを()びて、もっと自分には何が出来るのかを考える……そういう奴だ……あいつは……そう、いう──」

 息が上がったように、凪徒の口から大量の空気が流れ落ちた。

 気が付けば着いた両手を見下ろしながら、上下に振れる肩で呼吸していた。


< 210 / 238 >

この作品をシェア

pagetop