*触れられた頬* ―冬―
 モモはいつの間にかバス停に立ち尽くし、いつの間にかバスに乗って、いつの間にかサーカスの最寄りで降りていた。

 敷地の入口で立ち止まる。

 ぼおっとした顔がテントを見上げ、頭が真っ白なまま再び(うつむ)いた。

 コートのポケットにしまわれた携帯が勢い良く震えて、一瞬心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

 が、やっと正気に戻り、画面を確認しないまま応答した。

「も……もしもし」

「モモ? ……洸騎だけど」

「洸ちゃん……」

 今になってみれば未だ先日の抱き締められた事件の方が、今日の驚愕な依頼よりも対処が出来た気持ちがした。

「来たって聞いたよ。何で僕が帰る前に帰っちゃったの?」

「ごめん……」

 それきり押し黙ってしまう。

 洸騎もモモの消沈振りに気が付いたのか、少し声色(こわいろ)を明るくして続きを告げた。

「サーカスの傍にファミレスあるだろ? すぐ行くからさ、其処で待ってて。夕食ご馳走するよ」

「え? あ、あの、でも──」

 続きを話す前に切られてしまう。モモは仕方なく振り返り、洸騎の示したファミレスへ足を進めた──。


< 38 / 238 >

この作品をシェア

pagetop