*触れられた頬* ―冬―
「だ、大丈夫ですか、早野さん? あのっ、そろそろ送りますよ!」

 暮は硬直する身体を何とか動かし、茉柚子の方へ顔を向けようとしたが、余りの近さと香るフレグランスに、躊躇(ちゅうちょ)して真正面へ言葉を投げた。

「早野なんて……他人行儀ですね……。茉柚子って呼んでください……私も「純一さん」で良いかしら……?」

 茉柚子の右手が暮の左太(もも)に乗せられる。

「茉柚子さん」

 暮は一度深く息を吸い込み、そして吐き出した。

 いつになく落ち着いた低い声で彼女の名を呼んだ。

「はい……」

 温かな暮の掌がそっと、茉柚子の置いた手の甲を包み込む。

「貴女をタクシーでご自宅までお送りします。でもその前に貴女の事情をお聞かせ願いたい。……『俺』を味方につけたい、何か理由があるんでしょ?」

「え……?」

 茉柚子は刹那身を起こして、酔いの醒めきった切ない表情を暮に合わせた。



「だって……貴女の手、こんなに震えている」



 同じ表情をした暮が、彼女の震えを止めようと強く握り締めたまま、微かに笑みを(たた)えて見つめていた。

 瞬間、解放される隠しきれない想い。

「ご、めん……なさい──」

 茉柚子の(おび)えた(まなこ)から一粒の涙が(こぼ)れ、暮はモモが貸したハンカチの経緯を知ることとなった──。






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