倖せのかたち
Prologue
子供の頃から寝相の悪い私だが、流石にダブルベッドから転げ落ちることはない。

直射日光が苦手な私の寝室は、窓のない部屋。

此処に住もうかという話になった時、夫の朔太郎は、

「全く陽の当たらない部屋で、本当にいいの?」

そう尋ねてきたけれど、むしろ私は助かっている。

不規則な生活をしている上、眠りが浅いのか、少しのことですぐに目を覚ましてしまうから。

だから今朝も、美味しそうな匂いに目を覚ましかけ、静かに玄関のドアが閉まる音で、完全に目が覚めた。

いま何時…?

時計を見ると、まだ5時半だ。

朔太郎、こんな早くからどうしたのだろう?

眠い目を擦りながら、ダイニング兼リビングに行くと、朝食が並べられてある。

その横のメモには、

「昨夜は風呂掃除、代わってくれてありがとう。朝のジョギング、最近サボってたから行ってくるよ。肥って、映子に幻滅されたくないし(笑)大したものは作れなかったけど、よかったら食べて」

癖のない綺麗な字で書かれてあった。

思わず、笑みがこぼれる。

珍しく朝早くに目が覚めたことだし、有り難く頂こう。

朔太郎は、家事が苦手でごめん、と新婚の頃から言っていたが、そこはお互い様だ。私も苦手だから。

故に、家事は当番制にしてある。

料理も苦手だと言うけれど、見た目こそちょっと崩れていたりするものの、味はお世辞抜きに美味しい。

静かに玄関のドアが開く音がした。

どうやら、足音にも気を付けてくれている感じがして、また少し笑ってしまう。

「うわ、びっくりした。珍しいね、早くから起きてるなんて」

朝食を食べていた私を見て、朔太郎は驚いている。

私は、かなりの夜型だ。

「おはよう」

私が言うと、

「おはよう。もしかして、物音で起こしちゃったかな?」

「ううん、たまたま今日は早くに目覚めたの。それより、朝食作ってくれてありがとね。凄く美味しい」

物音で目覚めてしまったことより、朝食を用意してくれたことのほうが嬉しかったので、敢えてホワイト・ライと本音を混ぜてを言う。

「それならよかった。最近、朝晩は涼しくなってきたと思ったけど、汗ビショビショだからシャワー浴びてくるよ」

バスルームへ向かう広い背中を見て、私はつくづく、

「この人と出逢えてよかった…」

そう思う。

私たち夫婦は、互いに深い愛情を持ちながらも、一度だって躰を重ねたことはない。

寝室が別なのにダブルベッドがあるのは、たまに添い寝する為だけのもの。

きっと、他人にはなかなか理解されないような関係の私たち。

大学卒業と同時に結婚したから、もう20年近い結婚生活。

交際期間からカウントしたら、20年以上になる。

セックスを重んじる夫婦なら、セックスレスが原因で、拗れたり、別れたりするかもしれないが、私たちの愛にセックスは必要ない。

さりげない優しさや思いやり…それを決して忘れずにいることが、私たちにとっては、一番の愛情表現。

今朝も、彼の愛情を感じられて、私はとても幸せだ。

朔太郎も、同じ気持ちで居てくれたらいいな…。

私は、彼と出逢った頃へと想いを馳せた。
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