この婚約、なかったことにしてくださいっ!!
 フランクフルト二日目。時差ボケのせいもあってわたしは朝四時くらいから目を覚ました。
 昨日はドイツ時間でそれなりに遅い時間まで起きていたのに目が完全に冴えている。

 完全に時差ぼけだ。それと、駿人さんとの不毛な会話に神経がささくれ立ったというのも原因の一つかもしれない。

「はぁぁ」

 わたしは横になりながらため息を吐いた。

 本当に不毛なやり取りだった。
 あの男、人が一生懸命作った許嫁解消同意書を躊躇いもなく破るし。

 彼の考えていることが分からなさ過ぎたのと、わたしの怒りがマックスだったのとで、昨日は結局何の話し合いにもならなかった。

 スマホで時間を確認すると現在四時四十七分。まだまだ活動的な時間とは程遠い。
 SNSをチェックしたり、タブレットで電子版のガイドブックを眺めて時間を潰して、そろそろ人々が起き出すかな、という時間になってわたしは身支度を始めた。

 着替えて化粧をして、さて、朝食でも食べに行くかというとき、部屋の電話が鳴った。
恐る恐る受話器を取ると英語が聞こえてきた。あたふたしていると日本語になった。

 駿人さんだった。そういえば、チェックインの時、彼は私の隣にいた。ちゃっかり人の部屋番号を記憶していたらしい。こういう卒の無い男なのだ。

「おはよう。昨日はよく眠れた?」
 朝っぱらから無駄に爽やかな声にイラっとした。

「おかげさまで。駿人さんの電話でたたき起こされたました」
 これくらいの嫌味は許されるだろう。ほんとうは五時前から起きていたけれど。

「日本から昨日到着して時差ボケなしで眠れるなんて、繊細な神経の俺には無理だよ。ごめんね、たたき起こして」

 ムカ……。わたしの表情筋がひくりと引き攣った。

「それで、人を起こしておいて一体何の用ですか」
 大人なわたしは、彼の嫌味を聞き流す。

「一緒に朝食をどうかと思って。昨日はろくに話せなかっただろう」
「話すこともありませんし」

「まあそう言わずに。せっかくフランクフルトまで来たのに、一歩も部屋の外に出ないのもつまらないと思うよ」
「どういう……」

「エレベーターホールの前でずっと待ってるから」

 想像しなくてもわかる。絶対にものすごくいい笑顔を作っているに違いない。
 もはやただの脅しじゃない。

 たしかこのホテルはエレベーターは一か所にしかない。ようするに、待ち伏せをしているというのだ。
 なんて腹立たしい。わたしは受話器を握る手に力を込めた。

「……起きたばかりで支度があるので、三十分後で」
 本当はメイクまでばっちり済ませてあるけど、せめてもの抵抗だった。

「オーケー」
 そう言って通話が切れた。

 * *

 しぶしぶ一階にたどり着くと、そこには案の定というか駿人さんが待ち構えていた。

 彼は艶やかなネイビーの襟付きカバージャケットに黒のパンツというシンプルな格好で、それが妙に様になっていて、なんとなく悔しくなる。

「おはよう」
「……おはようございます」

 それ以上に話すこともなく、わたしたちは歩き出した。
 駿人さんはホテルを出て、わたしを近くのカフェへと誘った。

 ちなみに、駿人さんがいくつかピックアップしてくれたうちのホテルに決めたため、現在宿泊しているホテルはそれなりに値が張る。

 そのため素泊まりプランを予約したため、外に出るのは願ったりだった。

「仕事辞めたんだったらタイミング的にもちょうどいいし、本気で結婚に向けてお互いに考えようか」

 店員にオーダーした途端に本題に入るのはやめてほしい。
 とはいえ、避けては通れないことでもあるわけで。

「考えるも何も。昨日も言いましたけど、わたしたち付き合った経験ないですよね」
 わたしは語気を荒げた。

「でも、結婚願望はあるんだろう?」
< 6 / 6 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

どうも、結婚から7年放置された妻です

総文字数/14,628

ファンタジー8ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
アルベルティーナがわずか十歳の時に嫁がされたのは、隣の国の王弟コンラードのもとだった。 わけあり別居婚だったものの、夫からは何の便りもなくて―― 結婚から三年後、戦の前線に旅立った彼は停戦の立役者となり英雄になって帰還した。 コンラードのためを思い、身を引く決意をしたアルベルティーナは王都へ向かい道中、一人の騎士と出会って―― ベタオブベタなボーイミーツガールです。 4月9日にポプラ文庫ピュアフルより完全書下ろし新作『王太子の最愛姫』が発売となります!!!! 西洋ヒストリカルな世界観で送る、国を失くした元王女×彼女を救った隣国の王太子、によるシンデレラロマンス こちらもよろしくお願いいたします。
表紙を見る 表紙を閉じる
『ヤりたい』 「え……?」  ある日、困っていた妖精さんを助けたばっかりに、アマーリエはお礼と称され、吹雪の騎士団長との異名を取る表情筋が仕事をしない系の騎士団長の心の声が聞こえるようになってしまった!! 心の声で知ってしまった騎士団長バーナードがアマーリエに向けるムラムラした感情。 ええと……この御方もしかしてわたしのこと好き……なの?? 冷静沈着な騎士団長(ただし頭の中身はピンク色)       × 職業魔法使いの平民女子 一度は書いてみたかった心の声が聞こえちゃうようになりました系のラブコメです。 他サイトでも別名義で公開中 ☆最後に宣伝です☆ メディアワークス文庫さまより『黒狼王と白銀の贄姫』1~3巻まで好評発売中です
表紙を見る 表紙を閉じる
遠い異国の疎開で生まれ育ったコーディアは父の決定により祖国の侯爵令息であるライルとの結婚が決まった 育った環境の違う二人は最初こそすれ違いばかりで じれじれ両片思いが書きたくて書いた作品です 第2回ビーズログ小説大賞一次選考通過作品 他サイト掲載中

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop