マーメイド・セレナーデ
バーコードを読み取りながらいつもどうりの動作をする。
お金を受け取って、おつりを渡す。

いつも通りの動作のはずなのに、いつも通りってどうだったかしら、と悩んでしまうのは、きっと翔太が目の前にいるから。
普通がわからなくなる。

いつもそうだ、翔太といると全て委ねてしまう。
敵わない、と。
翔太には全てを奪われてしまう。


袋に入れるつもりだったけど、いつの間に来たのか分からない同僚が先に詰めていて手渡ししていた。


……あからさまに触りすぎでしょう。

手渡しのときに意識的に翔太の手を触ろうとしているのがありありとわかる。
翔太の顔は引きつっていて隣に居る女の子を睨んでいる。

……その子は浮かれて気付いてないけど。


ありがとうございました、という言葉を掛ける前に翔太が声を上げた。



「今日から出張。23に帰ってくる」

「えっ……」



その一言であたしは頭の中が真っ白になった。


それだけ言った翔太はもうあたしになんて未練はないかのように去って行ってしまった。
残されたあたしは呆然と、そして、隣に居る彼女はあたしをじっと見つめて何か言いたそうにしていた。
< 164 / 302 >

この作品をシェア

pagetop