栞の恋(リメイク版)
『まぁ、君はすぐに逃げてしまったけどね』
『あ、あれは、ちょっとびっくりして』
『でも、僕はすぐに栞を追わなかった…どうしてだと思う?』

テーブルの上に組んだ手の甲に顎を乗せ、意地悪そうな笑みで質問される。

確かにあの時、昼間の高橋さんの妄想話に感化され、咄嗟に逃げ出した私を、晴樹さんは追いかけては来なかった。

あの後、店員とのやり取りがなければ、私たちはすれ違ったままだったかもしれない。

ならばどうして?と、心に浮かんだ言葉に答えるように、晴樹さんはにやりと笑う。

『僕はね、あの日君に出逢えたのは、単なる偶然では無く、”運命”だと確信したんだ』
『…運命』
『ああ。ここで焦って追わなくても、君にすぐに逢える気がした』
『凄い自信ですね』
『自信があったわけじゃないさ。ただ”確信”はあった』

一呼吸置き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

『もう出逢ってしまったからね…互いに簡単には逃げられない』

その言葉には、何の根拠もあるわけじゃ無いのに、不思議とそうなのだと思わせる力があった。

どのみち私達は、出逢う”運命”だったのだと…。

『その証拠に、すぐに君の方から逢いに来てくれただろう?』
『あれは…』
『偶然だとでも?』

今度はいたずらっ子のような笑みで、私の返事を促す。

いくら抗ってみても、運命は変えられないのだと、諭すような物言いで。

…きっともう、わかってる。

ううん、実はもうとっくに分かり切ってたこと。

この出逢いは、偶然なんかじゃない。

どう自分を取り繕うとも、私はこの人に強く惹かれてしまう。

私は彼に…晴樹さんに出逢うために、生まれてきたのだとさえ思うほどに、狂おしく。
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