かげろうの月
 陽斗はスヤスヤと寝ている。
何の音もない空間で、私の心臓の鼓動の音は、深夜寝静まった時に聞こえる時計のカチカチと鳴る音と、リンクしているように聞こえた。
一睡もせずに夜が明けた。

 ほんとだったら、いつもと変わらない一日の始まりの筈が、今日は尚哉が居ない……。
 鳴らない電話器を見つめながら、今日こそは尚哉から連絡があるだろうと、朝から待っていたが、気が付けばもう昼も過ぎ、1時になろうとしていた。

 もし、電話をする気があるのなら、会社の始まる前の時間か、昼休みの 12時〜 1時の間に、電話を掛けてくれるだろうと期待していたが、もう昼休みも終わった。それと同時に、もう電話はないと思うようになった。
いやな胸騒ぎがした。

 初めての無断外泊で、私はこんなに不安になっている。
私の想像している最悪の状況でなければいいと願っている。

 尚哉のいつもの帰宅時間が近づいて来るに従って、私の気持ちはますます落ち着きがなくなった。
どんな顔で、「おかえり」と言えばいいのだろう。
普通にしたくてもどこか強張った表情になってしまわないだろうか……。
そして、無断外泊の理由を尚哉は何て言うのだろうか……。
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